2025年6月3日、長嶋茂雄が亡くなった。享年89歳。言わずと知れた球界を代表するスーパースターである。
屈託のない明るい性格、華麗なるプレーで、これほど国民に愛された野球選手はいないだろう。「ジャイアンツは嫌いだが、長嶋は好きだ」という人も多い。
長嶋が亡くなった直後、各テレビ番組で彼と縁があった野球選手たちが長嶋の想い出を語っていた。野球のプレーは勿論のこと、野球に対する姿勢も超一流だが、一方、日常生活では、チョッと抜けていたところもあり、聴く者を微笑ませる。
相手の名前を間違えることは日常茶飯事。アメリカに到着したとき「外車が多いなぁ」と呟いたというエピソード。監督時代、選手を鼓舞する時、「決してあきらめるな! 人生はギブアップだ」と言ったエピソード。極めつけは、息子の一茂と一緒に後楽園球場へ野球観戦に出かけた長嶋は試合に夢中になり、息子を球場に置き忘れて帰ったというエピソード…等々、この種の長嶋伝説は尽きない。
しかし、こうしたお惚け、天然ぶりだけでは、人は長嶋をこれほど愛するものではない。会った人を虜にするオーラ―があったのだろう。表裏のない真っすぐな性格、何事に対しても前向きで一生懸命な姿勢、そして、その一生懸命さから出る言動が相手を感激させるのである。
例えば、6月8日の「サンデーモーニング」で放送していた張本勲の想い出――1976年に日本ハムから巨人に移籍した張本が巨人に加入する際に長嶋から言われた「オレの代わりをやってくれ」という一言。「ON」砲の片翼を欠いた巨人では、王貞治に対する他球団からのマークが集中していた。そのため、自分(=長嶋)の代わりの役割を期待して放った言葉であるが、それが張本をいたく感激させた。決して長嶋は、これを言ったら相手は喜ぶだろうなどと計算して言ったわけではない。この時も、王とタッグを組む主砲が真に欲しかったことから発した言葉なのだ。
このブログでスパイは人たらしであることを度々述べている。(2022.7.24付「高倉健とスパイ」、2023.5.7 付「スパイとしても一流だった坂本龍馬」、2024.9.1付「スパイは人たらし」など)
万人に好かれた長嶋茂雄も一流のスパイになれたのか? 答えは否(ノン)である。長嶋は人に好かれたが、決して〝人たらし〟ではなかった。人たらしとは、本来「人を騙すこと」、「人を欺く」という意味から分かるように、どちらかというと策(気配りも含む)を弄して、人を惹きつけることが上手な人というニュアンスがある。そういう意味において長嶋は決して人たらしではない。自分で意識しなくても、自然に振舞った言動が、結果として相手を惹きつけたである。
それに、これだけ多くの天然ボケのエピソードを持つ人物が、一つのミスが命取りになるような不安と緊張の連続であるスパイ稼業が務まるわけがない。と言うか、そもそも長嶋茂雄は嘘をつくことができない人物だ。だからこそ、皆、彼のことを愛したのである。