冒険活劇型スパイ小説が支持される理由 『アンクルから来た男』 マイクル・アヴァロン著/伊東守男訳

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 1960年代。007シリーズのブームにあやかって、数々のスパイ小説や映画、ドラマが生まれた。中で007と人気を二分したのが、1964年から68年まで、アメリカのNBC系列でテレビ放送された0011ナポレオン・ソロ・シリーズである。

 United Network Command for Law and Enforcementの略称<アンクル>と呼ばれる国際秘密諜報機関に所属するプレイボーイのエージェント、ナポレオン・ソロがロシア人のイリヤ・クリヤキンとコンビを組んで、世界制覇を目論む犯罪組織〝スラッシュ〟相手に活躍するスパイ・ドラマだ。ロバート・ヴォーンがナポレオン・ソロを、デビッド・マッカラムがイリヤ・クリヤキンを演じていた。テレビドラマの他に映画が8本制作され、書き下ろし小説が23編、書き手を変えて発表された。『アンクルから来た男』(1965年)はその第一弾であり、作者のマイクル・アヴァロンは『のっぽのドロレス』など、私立探偵エド・ヌーンが活躍するハードボイルド小説も書いている。

 アンクルの有能な化学者フロームズが不可解な死をとげた。遺体を引き取りにドイツのオーベルタイゼドルフへ赴いたナポレオン・ソロは、フロームズがスラッシュによって開発された、人間を瞬時に発狂死させる毒薬の犠牲になったことを知った。毒薬工場を探し出し、それを破壊するため、ソロは美人の米軍情報部員ジュリーとともに敵地を探る。

 1963年にジョン・ル・カレが『寒い国から帰ってきたスパイ』を発表するや、シリアスなスパイ小説が支持され、プレイボーイのヒーローが活躍する冒険活劇型スパイ小説は、〝大人のお伽噺〟などと揶揄されるようになった。しかし、ことスパイ小説に関して、この手のタイプが廃れることはない。アラビアンナイトや中世の騎士道物語など、人類は大昔から、悪の化身に捕らわれた美女を、ハンサムな主人公が救い出す英雄物語に心を躍らせてきた。読者は、それが現実でないことは百も承知である。それにも関らず、それらを楽しむのは、日々の仕事に明け暮れる味気ない現実を一時でも忘れて、ロマンティックな冒険物語の中に浸りたいからであろう。007シリーズの翻訳で知られる井上一夫は、『冒険・スパイ小説ハンドブック』(ハヤカワ文庫)の中で「ジェームズ・ボンドは、イアン・フレミングの作りだした現代の十字軍騎士である」と述べている。その伝でいえば、現代の悪の化身はKGBやスペクター(007シリーズに登場する世界的な犯罪組織)あるいは、本作品のスラッシュということであろうか。

 いかにも洗練された大人の格調を感じさせるジェームズ・ボンド。それに比べて、ナポレオン・ソロは庶民的だ。全体のトーンも特にテレビドラマはややコミカルである。しかし、それが007シリーズとは、また違う持ち味となり人気を博したのである。