デタント時代における新たな敵役 『ホップスコッチ』ブライアイン・ガーフィールド著/佐和 誠訳

ハヤカワ文庫

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 CIAの優秀なエージェントだったケンディグは、年齢を理由に閑職に追いやられ、面白くない毎日を送っていた。気晴らしにパリへ遊びに行った彼に顔見知りのKGBの老スパイ、ヤスコフが接触してきて、「ゲーム(一線)に戻らないか」と東側への寝返りを誘う。ケンディグはその誘いを断るが、ヤスコフの言葉は、しばらく彼の心から離れなかった。

 ホテルへ戻ると、CIAパリ支局長のフォレットが待っていた。ケンディグがヤスコフと話していたのを監視していた彼は、ケンディグが組織を裏切ったのではないかと疑い、ヤスコフと何を話していたのか白状しろと迫る。ケンディングが拒むと、怒ったフォレットは「あんたはこの地球上でもっとも余分な人間なんだ。あんたがいなくなって淋しがるやつなんか誰もいるわけはないだろうしな」(訳者)と捨て台詞を残して去っていった。

 それから数日後、CIAの陰謀を暴露した手記が、CIA本部と世界14カ国の出版社に送られてきた。そこには自分を捕らえなければ、この後も次々と手記を送ると記されており、自分を見くびったCIAに対してケンディグがゲームを仕掛けたのだ。これを阻止するため、CIAは彼を捕らえようと動き出す。追手はケンディグの元部下で、CIA屈指の腕利き、カッター。こうして、国内だけでなく、フランス、イギリス、フィンランドと、世界をまたにかけた追跡ゲームが開始された。しかし、それはしだいにゲームでは済まされなくなってくる。威信を傷つけられたCIAは、彼を抹殺することにしたのだ。

 プロ対プロが互いに相手の裏をかこうとするスリリングなコンゲームとしての面白さは勿論のこと、本作品の魅力は脇を固める人物たちだ。特にカッターとコンビを組む新米エージェントのロスがよい。当初、カッターから足手まといのような扱いを受けていたが、しだいに、プロとしても人間としても成長していく。一人の老スパイの追跡劇であるが、同時に若手の成長と、熟年世代の引き際についても考えさせられる作品である。

 作者は、一昔前、化粧品のCMで一世を風靡したチャールズ・ブロンソンが主演を務めた映画、「狼よさらば」(1974年)の原作者であるブライアイン・ガーフィールド。作品の発表は1975年。ちょうどカストロの暗殺計画やウォーターゲート事件など、CIAのスキャンダルが次々と明るみになった時期とも重なって、発表されるや、たちまちベストセラーとなり、この年のアメリカ探偵作家クラブ最優秀長編賞を受賞している。

 これまでのスパイ小説の敵役といえばKGBと相場が決まっていたが、本作品が描いた個人対雇い主という敵対構図は、デタント時代におけるスパイ小説の一つ方向性を示したものといえよう。この構図は、後に、フリーマントルの『消されかけた男』(1977年)など、数多くの作品によって、引き継がれていく。