男の友情を描く 『冷戦交換ゲーム』 ロス・トーマス著/丸本聡明訳

ハヤカワ・ポケット・ミステリ

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 自国で逮捕した敵国のスパイと、敵国で逮捕された自国のスパイを交換することによって、事態を政治的に収拾させることが、これまで、しばしば行われてきた。『スパイのためのハンドブック』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)の著者として知られるウォルフガング・ロッツは、1967年、第三次中東戦争の最中、5千名のエジプト人捕虜との交換で釈放されたイスラエルの英雄だ。最近では、2010年、FBIに逮捕された〝美しすぎるスパイ〟として話題を浚ったロシアの女スパイ、アンナ・チャップマンら男女10人が、ロシアで拘束されていた4人のアメリカ人スパイと身柄交換されている。

 通常、交換劇は逮捕されたスパイ同志で行われる。もし、相手国へ差し出すのが自国の逮捕されていないスパイだった場合、そのスパイにとって、こんな理不尽なことはない。

 退役軍人のマックは西ドイツのボン近郊で、パディロという人物と一緒にバーを経営していた。実はパディロはCIAのエージェントで、バーの共同経営者を隠れ蓑として、裏(スパイ)の任務を行っていた。ある日、店に覆面の二人組が乱入し、客の一人を銃撃して逃走。その後、パディロはマックに何も告げず、慌ただしく出かけて消息を絶ってしまう。

 これより数か月前、NASAで暗号解読に関っていた二人の数学者がソ連へ亡命した。二人はソ連に通じていただけでなく、同性愛者でもあった。NASAでは以前にも同様の事件があっただけに、もし、これが明るみになれば、組織の信頼は地に落ちてしまう。そこで、NASAは苦肉策として、ソ連が指名してきた腕利きエージェントであるパディロを差し出す代わりに、二人の数学者を返還して貰う、という話をソ連とつけたのだ。

 パティロから助けを求める連絡が入り、マックはアル中のジャーナリストと一緒に東ベルリンへ赴く。パディロと会ったマックは、パディロから、自分を〝減価償却済み〟として、敵国へ売ろうとするCIAへ一矢報いるため、ある計画を準備していると聞かされた。

 本作品は、1966年のアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀新人賞を受賞したロス・トーマスのデビュー作である。巧みなブロットと魅力的な登場人物が彼の作品の持ち味であるが、特に、本作品では〝私〟という一人称による語り口、気の利いた会話、ひと癖ある登場人物というハードボイルドタッチの作風が、マックとパディロの二人の友情を描くのにうまくマッチしている。エピローグはどことなく寂寥感が漂うが、ラスト4行で思わずニヤリとさせられる。スパイ小説を通じて男の友情を描いた本作品にふさわしい、粋なエンディングだ。 和製チャンドラーの異名を持つハードボイルド作家の原尞は、本書の帯宣伝で「登場人物の面白さ、ただしバカはいない、そこが並みの小説と違う」と推薦している。