〝部下たちの信頼度を試す〟『十二の秘密指令』 ブライアン・フリーマントル著/新庄哲夫訳(新潮文庫)

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 スパイ小説の面白さは大別すると次の二つであろう。一つは敵陣営に潜入し、ミッションを無事に果して戻って来られるのかというスリルとサスペンス。もう一つは、自分の組織内に潜むモグラ(裏切り者)を暴き出すフーダニット型ミステリとしての面白さである。

 後者の代表的な作品例として、エリック・アンブラーの『あるスパイの墓碑銘』、アガサ・クリスティーの『NかMか』、ジョン・ル・カレの『ティンカー、テイラー、ソルジャー・スパイ』などが思い浮かぶ。そして、今回、取り上げるブライアン・フリーマントルの『十二の秘密指令』も、それに連なる作品だ。

 経験豊かな情報工作官のハーディングは隠し場所から機密情報を回収して、東ドイツから西ドイツへ戻ろうと検問所を通過したとき、突如、シュタージ(東ドイツの秘密警察)に停止を命じられ、逮捕された。「われわれは知っているんですよ、あなたが何者であるのか、なんの目的で当地へ来られたのか……」

 それは、英国秘密情報部の「ザ・ファクトリー」(情報工作本部)内にモグラがいることを物語っていた。本来であれば、内部監査を仰がなければならないところだが、それを行えば、アルコール依存症になりかけている自分のことや、秘書との不倫関係が明るみになり、組織を追われるかもしれない。そこで、工作本部長のサミュエル・ベルは、自らの手で裏切り者を暴き出すため、部下たちの信頼度を試す「秘密指令」を出したのである。

 作品の原題は‘THE FACTORY’だが、邦題はサミュエルが命じた12の秘密指令……ロシア人亡命者に対する訊問、敵国組織内にいる情報提供者の救出、暗殺計画の阻止、相手組織内への偽装亡命、醜聞情報の出所調査、金融工作、テロリストの暗殺、暗号情報の解読……等々から採っている。それぞれが独立した短編になっており、これらのミッションに携わる部員たちの苦悩や歓びが良く描かれている。

 ブライアン・フリーマントルといえば、現場出身の叩き上げの情報部員が、エリート層が牛耳る情報部内で、彼らに溜飲を飲ませるチャーリー・マフィン・シリーズで我が国でも人気のある作家。「訳者あとがき」によれば、『十二の秘密指令』は、1985年に『月刊ASAHI』創刊のため、同誌の求めに応えて、フリーマントルが読切の連作短編形式で書き下ろした作品であるとのこと。

 連作短編ながら、訳者があとがきで「大団円へ持っていく、みごとな二重構造」と述べているように、最後の秘密指令「セカンド・チャンス」で、意外な人物がモグラだったことが分かる。しかし、その後に、もう一捻りあり、読者はスパイ組織の酷薄さを、あらためて思い知らされることだろう。