前回に引き続いて文庫本について述べる。今回は出版社毎にみた文庫本の特徴、印象(あくまでの筆者の私見)である。
①新潮文庫
今では珍しくなったスピン(しおり紐)が唯一、残されている文庫本である。収められている作品点数が多く、作品のレベルも一定以上。国産車のメーカーに譬えるならば、さしずめ、王道のトヨタといったところであろうか。
②角川文庫
角川源義氏が社長だった頃の角川文庫は、揃えているコンテンツも新潮文庫と双璧をなしていた。しかし、二代目春樹社長が推し進めたメディアミックス戦略によって大衆路線へと変わり、その後、KADOKAWAという映像ソフトやゲームも手掛ける会社になってしまった現在、角川文庫は存続しているものの、かつての勢いは感じられない。あたかも今日の日産自動車の凋落を見ているかのようだ。
③講談社文庫
これまで一般的だった活版印刷に対して、オフセット印刷を初めて採用したことで知られる。白い上質紙にくっきりとした印刷文字。講談社文庫は、筆者にとってコンテンツよりも、物体としての本のつくりの良さに目がいく文庫である。なお、同文庫は2021年4月15日分から、税込み価格を表示したフィルム包装入りで店頭に置かれるようになった。本は立ち読みして、内容を少し確認してから買うもの。買手の行動特性を慮らないフィルム包装は、まったく頂けない。
④文春文庫
毎月の刊行点数が新潮文庫と同様に多く、作品も充実している。筆者は黄色い背表紙の司馬遼太郎の作品群(『竜馬が行く』や『坂の上の雲』など)を、この文庫本で読んだものだ。なお、かつての文春文庫は紙質が悪く、新品でもすぐに変色していた。現在は紙質も改善されたが、昭和生まれの筆者には、かつての、ややざらついた紙質の同文庫も懐かしい。
⑤中公文庫
地味だが硬派の作品を品揃えしている文庫である。
⑥岩波文庫
言わずと知れた、古今東西の不朽の名作のみを発刊する、いわばクラシック音楽のレコードレーベルのような文庫である。時代が変わっても、大衆に媚びずに、良書を発刊する姿勢を評価したい。岩波文庫は、長い間、パラフィン紙と帯紙を巻いただけの昔ながらの装幀を頑なに堅持していたが、時代の波に抗いきれず、1983年からカバーが付けられるようになった。しかし、他社のような則物的なカバーデザインではなく、表紙は白色を基調とした抽象的なデザイン、背表紙は薄茶色地に下半分は帯を模した色(海外文学は桃色、国内文学は緑色)であり、かつての岩波文庫の名残を留めている。
⑦ちくま文庫
講談社文庫と同様、紙質が良く、また、岩波文庫と同様、本の内容と関係なく、薄茶色のカバーで統一されているのが好ましい。(しかし、最近の表紙は則物的デザインになっているが、背表紙は辛うじて、これまで同様、薄茶色で統一されている) ちくま文庫は、古典落語、エッセイ、大人向きの漫画(エロ黒とは違う)など、他社の文庫レーベルでは出してないコンテンツが充実している。筆者も、桂志ん生、桂文楽、柳家小さんなどの古典落語集を同文庫で持っている。
⑧創元推理文庫/ハヤカワ文庫
ともにミステリー、冒険スパイ小説、SF小説などに特化したマニア向けの文庫である。国産車メーカーに譬えるならば、この二つはスバルといったところであろう。難点は、他社文庫に比べて値段がやや高いこと。少し厚みがある作品は千円を超える。
この他の出版社からも文庫本は色々と出ているが、上に述べた8社の文庫本が、筆者が主に読んでいる文庫レーベルである。