2024.8.4 同じ本を二回買う

 書店の書棚に並ぶ文庫本を見て回っているとき、「しまった」「チクショー」と思う時がたまにある。それは、ある作品を既に単行本で購入していて、同じ作品が文庫本で出ていたときである。今回、取り上げる『キム・フィルビー かくも親密な裏切り』(ベン・マッキンタイヤー著/小林朋則訳)は正にその典型例。

 同書は2015年5月に中央公論社から出版された。内容も資料写真も充実しているので、スパイ小説の書評家を自認している筆者として、絶対に読んでおきたい本だ。それに、こうしたスパイを取り上げた書物はあまり売れることはないから、間違いなく、数年後には絶版になっている可能性が高い。「(売れそうにない)欲しい本は、出会った時に買っておけ!」というのが筆者の苦い経験から得た教訓なので、躊躇することなく、その場で購入した。

 それから、9年後の2024年、同書の文庫本(中公文庫)が出た。筆者の読書スペースは――週末にスターバックスで集中して読むものの――普段は朝晩の通勤電車の車内が主である。コンパクト(単行本のサイズは四六判、文庫本はA6判)で、片手だけ(雨の日に電車の中で立っているときは、左手で傘を持ち、右手で本を持つ)で持っても負担にならない重さ(同書の単行本は611g。文庫本はその半分の320g)、しかもカバンの中に入れてもかさ張らない文庫本は、正に通勤の友である。

 従って、同じ本が単行本と文庫本の両方で出ている場合、絶対に後者の方を買うことにしている。ただし、今回は既に単行本を買っている。書店のブックカバーを付けた状態で我が部屋の本棚に9年間も積ん読(ツンドク)状態で置かれたままであるが、いずれ読むことは間違いない。無駄遣い(因みに文庫本の値段は 1,650円もする!)をしたくなかったので、文庫本は買わなかった。

 いずれ読もうと思いながらも、単行本の『キム・フィルビー かくも親密な裏切り』を読み始めることは、なかなか、なかった。何度か手にするのだが、やはり、その大きさと重さでうんざりしてしまう。しかし、目次をパラパラめくっていると、興味ある内容ばかりだ。その結果、無駄遣いになると分かってはいたが、先日、ついに文庫版を買ってしまった。

 部屋の本棚に単行本と文庫本の『キム・フィルビー かくも親密な裏切り』が並んでいるのを見ると、「もっと早く文庫版が出版されていたら」、「単行本と出会う前に文庫本に出会っていたなら」という思いがする。

 先日、ジョン・ル・カレの『パナマの仕立屋』の新刊の文庫本(ハヤカワ文庫)が書店に並んでいるのを見た。筆者は1999年に集英社から出版された単行本で既に(2015年7月に)読んでいるので、さすがに文庫本版を買うことはないが、やはり、キム・フィルビーの本と同じように、もっと早く文庫本になってほしかったという一抹の口惜しさはある。