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19歳になるアメリカ娘のシャーリーは、第二次大戦中にフランスで行方不明になった従妹のローズの行方を捜すため、まだ戦争の爪痕が生々しく残るロンドンへ渡り、とある薄汚れたアパートを訪ねた。現れたのは、醜く潰れた右手の指で拳銃を構える酔っぱらった初老の女だった。実は彼女はかつてイヴという名で、一次大戦中、フランスで活動していた元スパイだった。――作品はスパイ活動を行っていた1915年のイヴの物語と、従妹を捜す1947年のシャーリーの物語が交互に展開する。
スパイに採用されたイヴはリールに派遣され、対独協力者のルネが経営するレストランで働き、店に来るドイツ軍将校たちの会話から得た情報をアリスへ伝えていた。一方、シャーリーはイヴとイヴの運転手であるフィンの協力を得て三人でフランスへ渡り、従妹の足跡を調べる。そして、ナチスによる無差別虐殺で絶滅した村、オラドゥール=シュール=グラヌへたどり着き、従妹は、この村にあったレストランで働いていたところ、惨劇に巻き込まれたことを知る。しかし、その裏に隠された真相を知ると、シャーリーとイヴの二つ物語は一つに結びつき、ある人物への復讐という山場へ向かう。
題名の『戦場のアリス』(原題は‘THE ALICE NETWORK’)は、第一次大戦中、ドイツ占領下のフランスで、連合軍のために活動していた女性スパイ網のリーダーだったアリスこと、ルイーズ・ド・ベティニという実在の人物に由来する。しかし、作品の主人公は彼女ではなく、彼女のネットワークの下で活動していたイヴ・ガードナーという架空の人物である。おそらく、作者はスパイ網の元締めを描くより、直接、危険に晒されながら情報を探る現場のスパイを描いた方が、物語としての面白みが増すと思ったからかもしれない。しかし、イヴを通じて、我々は勇敢で誇り高く、最後は捕らわれの身となって獄死するアリスという人物像を知ることができる。第二次大戦中に活躍した女性スパイについては、いろいろな書物で取り上げられているが、第一次大戦中にも、このような女性たちがいたことを知らしめる本作品とアリスネットワークについての作者の長いあとがきは、彼女たちに対する作者のオマージュであろう。
アリスネットワークは危険を冒して有益な情報をイギリスへ報告していた。その最たるものがドイツ軍によるヴェルダン攻撃に関する情報だった。しかし、イギリス軍の指揮官がそれを信じなかったため、ヴェルダンは、かつて例を見ない激戦地となり、多くの兵士が犠牲になった。せっかくの情報も指揮官によって無駄になってしまうことに、スパイ活動に対するやるせなさ、また、それを担った彼ら彼女らに対する憐憫の情を禁じ得ない。