ハヤカワ・ポケット・ミステリ
スパイ小説の状況設定の一つに、替え玉スパイというものがある。敵側のある人物に化けて先方に潜入する、あるいは敵側がこちら側のある人物に化けて潜入しているという類だ。視覚的で分かりやすく、スリリングなので、昔から小説や映画で数多く描かれてきた。中でも、『鏡の中の男』(1965年)は、この種の醍醐味が存分に堪能できる作品である。
元ナチス親衛隊大佐フォン・テトロフは、名前を変えて南米で実業家として暮らしていたが、船旅で出会った美女の罠に捕まって、イスラエルへ送られるはめになった。しかし、モサドに潜入していたKGBのスパイから、あることに協力すれば助けてやると言われる。それは、テトロフの顔がアメリカ大統領特別補佐官のロジャー・ストロウに酷似していたことから、彼の替え玉となって、合衆国の国家安全保障会議の情報を盗みだすことだった。
早速、テトロフをロジャーの替え玉にする作戦が開始された。アメリカの歴史や文化、ロジャーの交友関係などが徹底的に叩き込まれ、外見も整形手術によってロジャーそっくりになった。しかし、外見だけを似せても替え玉にはならない。テトロフはメキシコの寒村にある屋敷に軟禁され、同じく軟禁されていた本物のロジャーの一挙手一投足を部屋の壁の穴から観察、話しかたや細かな癖に至るまで、完璧に瓜二つになるよう、猛訓練を課せられた。本作品が替え玉スパイ小説の中でも一頭地を抜いているのは、このような徹底したリアリズムである。その背景には―巻末解説によれば―作者がかつてFBIのスパイやヨーロッパのカウンター情報部の責任者だった経験も関係しているのかもしれない。
替え玉となったテトロフは、メキシコでの休暇を終えてワシントンへ戻ったロジャーとして、いつも通り、大統領や国務長官らが居並ぶ国家安全保障会議に出席する。誰も疑う者はいない。しかし、ロジャーらしくない些細な行動の違和感から、秘密警察長官のアーサーは不審を抱き、秘かにテトロフを探る。一方、捕らわれていたロジャーは、勇気と知恵のある人物であり、うまく屋敷からの脱出に成功した。
物語は、薄皮を剥くようにロジャーの化けの皮を剥がしていくアーサーの捜査、アーサーの刺すような視線におびえるテトロフ、KGBの追手をかわしながらメキシコの荒野からワシントンへ戻るロジャーの各々が、カットバックで描かれている。クライマックスは、KGBから手渡された時限爆弾を懐にしのばせたテトロフが安全保障会議に出席するシーンだ。予定通り爆弾をテーブルの下に置いて、テトロフはトイレを口実に中座する。
その後のテトロフの心中によぎったこと、とりわけプロシア軍人だった若かりし頃の父親の雄姿を思い出して、咄嗟にとった彼の行動に、読者は胸を衝かれる思いをすることだろう。