筆者は、ある本を読んでそれが気に入ると、しばらく、その本と同じテーマや世界を描いたものを読む傾向がある。今、読んでいるのは潜水艦に関する本。これを立て続けに読んでいる。
最初の一冊は『我ら海中自衛隊』(小峰隆生著、並木書店)。潜水艦そのものではなく、潜水艦の乗組員である個々の自衛官を取材したところに興味を持った。その次は『兵士を追え』(杉山隆男著、小学館)という、これも同じく海上自衛隊の個々の潜水艦乗りを取材した510頁にもなる大作であり、二十年ぶりに読み返した。
筆者は十九歳の頃、たった二カ月余りだったが自衛艦(護衛艦ながつき)に乗り組んでいた。潜水艦乗りは、狭い空間で四六時中、仲間と顔を合わせているためか、水上艦に比べて温和でコミュニケーション能力のある人が多いと言われている。二か月間、先輩たちに怒鳴られっぱなしだった筆者にとって、言葉を荒げる人が少ない潜水艦内の雰囲気に憧れを抱く。また、潜水艦はいったん海の中に潜ってしまえば、波に揺られることもない。冬の日本海の荒波で船酔いに苦しんでいた筆者にとって、これは大変魅力である。さらに警戒態勢に入ると、当直の者以外は皆、音を立てないようベッドに入って寝ているか、横になって静かに本を読んでいるしかいないという潜水艦勤務は、読書好きの筆者にはうってつけかもしれない。この二作を読んでいると、もし、護衛艦ではなく潜水艦に乗り組んでいたら…とつい思ってしまう。
しかし、教育隊での基礎訓練の終盤、それぞれの専門職種を希望する時、筆者は今、挙げたような潜水艦勤務の実態を知らなかったし、そもそも海上自衛隊に入隊したのは、水平線の大海原を見渡すことができる船乗りに憧れてのこと。端から潜水艦を希望する意志はなかった。それに――これが最も肝心なことであるが――筆者は耳抜き(潜水時に生じる水圧の変化に対応するため、中耳と外耳の気圧を調整する能力を評価する検査)が出来なかったので、仮に希望していても叶わなかったはすだ。
『兵士を追え』の次は、『Uボート、出撃せよ!』(アレクサンドル・コルガノフ著、ハヤカワ文庫)を読んだ。これは、1939年10月14日払暁、侵入不可能と言われたイギリス海軍の牙城スカパ・フロー湾にUボート単身で潜入し、イギリス海軍が誇る戦艦ロイヤル・オークを撃沈させたUボート艦長の英雄、ギュンター・プリーン大尉を主人公としたドキュメンタリー小説である。
筆者の大好きなスパイ小説『すわって待っていたスパイ』(R.ライト・キャンベル著、角川書店)は、これを材に得た小説である。『Uボート、出撃せよ!』の中で、スカパ・フロー湾の状況について「既に諜報によっても多数の艦艇が停泊中であることは知らされていたけれども…」という一文がある。『すわって待っていたスパイ』の主人公(居酒屋の店主を隠れ蓑としたドイツ人スパイ、ウィルヘルム・ウルター)は作者の創造した人物であるが、『Uボート、出撃せよ!』のこの一文から、彼と同じように島民に化けてスカパ・フロー湾の様子を探っていた名もなき実在のスパイに思いを馳せた。
『Uボート、出撃せよ!』を読み終えた現在、絶体絶命の死地から幾度も生還し、〝生命保険〟の異名をとったUボート艦長が自らの体験を描いた『Uボート・コマンダー』(ペーター・クレマー著、ハヤカワ文庫)を読んでいる最中である。