本日は筆者の66回目の誕生日である。66歳になって想うことは「この先、一体いつまで元気でいられるのだろうか」という問いである。幸いなことに、逆流性食道炎と過敏性大腸症候群で時々悩まされているものの、それ以外には特に体の不調はない。仕事も、ありがたいことに、この歳になっても同じ職場で働かせてもらっている。
しかし、健康で活動的に動けるのは、おそらくあと10年ほどだろう。そう考えると、この間にやりたいことをやっておかなければと思うのだが、いざ「それは何か」と問うてみても、明確な答えが見つからない。夜、床に就いて頭によぎるのは、楽しかった過去の記憶ばかりで、やりたいことは思い浮かばない。
カーネル・サンダースは66歳でフライドチキンのフランチャイズビジネスを成功させ、伊能忠敬も66歳の時に『東日本全図』を完成させている。翻って自分自身の場合、仕事に対してそこまで情熱はない。かといって、完全に引退したいわけでもない。現在、「再々雇用」という立場で働いているが、できれば、それの上限年齢である68歳まで働きたいという程度の思いだ。
仕事以外では、かつて筆者は「スパイ小説に関する本を上梓する」という大きな夢を抱いていた。出版エージェントに依頼までしたが、市場の需要は薄く、手を挙げる出版社はなかった。高額な自費出版を行う気にもなれず、現在は『スパイ小説の世界』というウェブサイトを開設している。「いつか出版関係者の目に留まるかも」という甘い夢はとうに捨てた。今はただ、自分の「存在証明」として、このサイトを維持しているに過ぎない。
『日の名残り』や『ハロルド・フライの思いもよらない巡礼の旅』に登場する主人公たちのように、人生の終盤に「死ぬまでに、もう一度だけでも会っておきたい」と切望するようなドラマチックな女性の存在も、残念ながら筆者にはいない。
結局、今の筆者にとって「やりたい夢」はなく、週末の土曜日にスターバックスで、コーヒーを飲みながら本を読むことくらいしか楽しみはない。ゴルフは1年以上レッスンに通うが、いまだに120前後で行き詰まっており、こんな成績では心から楽しいとは思えない。また、7歳と2歳の可愛い孫たちとの時間も愛おしいが、それだけが人生のすべてかと言われれば、どこか違う気がする。
今夜、妻と息子が筆者の誕生日を祝うために、イタリアンレストランで食事の席を設けてくれている。家族に祝ってもらえるのは本当にありがたく、客観的に見れば十分に幸せなことだ。しかし、本当にそれだけで満足して良いのだろうか。この先、何の夢も抱かないまま、ただ淡々と日々を消化するように暮らすだけで良いのだろうか。
66回目の誕生日にそんなことを想った。