2026年6月17日付の朝日新聞GLOBEに「スパイ大国ロシア」という見出しで、プーチン政権と対立した政治家やジャーナリストたちが次々とプーチンが差し向けたスパイ(工作員)によって暗殺されていることが書いてあった。
例えば、ジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤ(2006年10月 アパートのエレベーター内で射殺)、KGBの後継組織であるFSBの元将校アレクサンドル・リトビネンコ(2006年11月 ポロニウムによる毒殺)、チェチェン独立派の元司令官ゼリムハン・ハンゴシビリ(2019年8月 ベルリンの公園で射殺)、反体制活動家のアレクセイ・ナワリヌイ(2024年2月 北極圏内の牢獄で毒殺)、近いところではプーチンを痛烈に風刺してきたロシア出身の亡命画家セミヨン・スクレペツキー等々が犠牲になっている。
2021年に家族とともにポーランドへ亡命したセミヨンは、今年の6月15日にベラルーシ国境に近い都市ビャワポドラスカの駐車場で白昼に銃撃を受けて死亡した。目撃者や警察によると、犯人は同氏を狙って拳銃を3発発砲した後、倒れた同氏に近づいてさらに2発を撃ち込んでとどめを刺したという。先に述べたハンゴシビリも同じようにとどめの1発を頭に撃ち込まれており、いずれもその筋のプロの仕業であることを物語っている。
ハンゴシビリを暗殺したのはクラシコフというFSBの工作員で、彼は捕らえられても口を割らなかったが、ベルリンの裁判所は彼に終身刑を言い渡した。しかし、ロシア政府は一貫して彼の身柄の引き渡しを要求し続け、2024年8月の身柄交換によって帰還が実現した。そのときプーチンは自ら彼を空港で出迎え、その忠誠を称えたという。
一国の元首が一工作員を空港まで出迎えに行くというのは異例なことだ。プーチンがそれを行ったのは、彼もスパイだったからだろう。少年時代にスパイに憧れ、KGBに入ったプーチンはスパイ(組織)にシンパシーを抱いており、沈黙を守り通したクラシコフに敬意を表したのだ。
「国家が工作員に対して、たとえ何年かかろうが『我々は必ず救い出す』という強い姿勢を示して安心させることにより、汚れた仕事を引き受ける者が見つかり、万一捕まってしまっても、いずれ助けられると思えば、その工作員は自白を拒む」とロシアの情報機関に詳しい専門家のマーク・ガレオッティはGLOBEの取材記者に語っている。
他国で摘発された工作員は、政府から関係を否定され見捨てられることが一般的だ。もし、プーチンが元首でなかったら、クラシコフも見捨てられていたであろう。
政敵を暗殺し、いまだにウクライナへの攻撃を続けるプーチンに対して何ら汲むところはないが、不安と孤独の中で暮らし、しばしば使い捨てにされるスパイを大切にする姿勢だけは評価してもよい。