大国に一泡吹かせようとした二人の情報将校 『インターコムの陰謀』 エリック・アンブラー著/村上博基訳

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 「インターコム」とは、退役アメリカ陸軍准将のノヴァックが私財を投げ打って発行している偏執狂的な反共主義の時事週報である。インフルエンザが流行したら、ソ連が細菌戦を始めただの、WMO (世界気象機関)の委員会にソ連の研究者が参加すると、共産主義者が自由世界の気候風土を変えようとしているなど、事実を歪曲したエキセントリックな記事(今で言うフェイクニュース)を載せ、世間から冷笑あるいは無視された存在だった。

 ノヴァックが病死し、新たにブロックと名乗る謎の人物が雑誌を買い取った。産業コンサルタントらしいが、一度も姿を現さず、連絡はインターコム社の顧問弁護士を介した電報や手紙だけ。そのブロックから、そのまま全文掲載せよとの命令で、毎週、送られてくる一連の報告文に、「インターコム」の編集長、カーターは不安を募らせた。

 最初の報告文はNATO軍の新型戦闘機の欠陥とこれに携わる企業のリスト、二番目は貯蔵中のロケット燃料の変質にソ連政府が悩んでいること、三番目はソ連が開発した地下核爆発を探知する新型の携帯地震計、しかも、これには情報を流した人物の名前まで記されていた。いずれも極めて具体的で、内部の人間でないと知り得ない事実である。これまでのノヴァック時代のような失笑を買う、ご愛敬記事ではすまされない。案の定、カーターの近辺にCIAやKGBとおぼしき人物がうろつきはじめた。

 原題はTHE INTERCOM CONSPIRACYであるが、直井 明の『スパイ小説の背景』(論創社)によれれば、当初はTo Kill GiantInvitation to Giant-Killingなど、巨人(アメリカとソ連)を打ち負かすという意味のタイトルが考えられていたという。

 本書の影の主役は、NATO軍のヨーストとブラントという二人の情報将校である。(直井は二人の名前から、前者をオランダかベルギー人、後者をデンマーク人だと推測している) 二人は非常に優秀なプロ中のプロだったが、「あまりにもはやく専門家になることの過ちを犯した」(村上博基訳)ため、本来ならば将官になっているはずが、大佐止まりだった。(スペシャリストより、ゼネラリストの方が出世するというのは、どこの組織も同じである) そうした不満に加えて、CIAとKGBの巨人だけが情報戦における有効戦力で、「自分たちがつまらぬ交差路に配置された駐在巡査になりさがっている」(訳者)状況が気に食わなかった。そこで、両大国に一泡吹かせようと、ある陰謀を企てたのである。

 エリック・アンブラーの作品―特に『夜来る者』、『武器の道』、『グリーン・サークル事件』など戦後に発表された作品は、アジアや中近東を舞台にした、どちらかといえば、冒険小説的な色彩が濃いものが多い。そうした中、1969年に発表された本作品は、冷戦時代のヨーロッパを舞台にした、スパイ小説らしいスパイ小説といえよう。