活かされなかった情報

 イスラム原理主義組織ハマスが、今月の7日、イスラエルへ奇襲攻撃を行った。奇襲を許してしまったことで、イスラエルの情報機関への批判が強まっている。イスラエルの情報機関と言えばモサドが有名だが、なぜ世界有数の情報機関と言われるモサドが、このような失態を演じてしまったのか? 新聞報道によれば、主な要因は次のようなことである。

①ハイテク頼みの情報収集の裏をかかれた

 イスラエルは無人機や通信傍受などハイテク技術を用いて、ハマス指導者たちの動静を監視していた。ハマスはこれを警戒して、ネットワークを使用せずに、地下で隠密に紙媒体の文書を用いて交信し、その場で破棄させるなど、アナログな隠密行動に徹し、モサドの諜報網を搔い潜ったと言われている。

②ハマスの能力を過小評価した。

 今回、ハマスはロケット弾だけでなく、戦闘員がパラグライダーやボートを用いてイスラエルへ侵入した。テロ組織が陸海空から同時攻撃を行う能力や手段を有することなど、これまでの経験からイスラエルにとって、到底、考えられないことだった。

③警戒情報を軽視した

 いやしくも、モサドともあろう情報組織が、ハマスのロケット弾製造などに全く気づかず見逃すことはあり得ない。また、奇襲攻撃の数日前、エジプトの情報機関がイスラエル政府に対してハマスによる攻撃の可能性を警告していたという。それにもかかわらず、それら情報を軽視したのは、②で述べてことに加え、近年の中東情勢の融和ムードから、警戒情報を本気にせず、過小評価したためだと言われている。

 いずれも要因として十分に考えられことであるが、筆者は特に三番目の要因が最も影響していると考えている。過去の歴史を振り返ると、情報機関が奇襲攻撃に全く気づかなかったとはあり得ない。

 1941年6月22日未明、ナチス・ドイツ軍は、突如、ソ連へ侵攻した。それより前からソ連のスパイ、ゾルゲは、独ソ戦開戦を警告する情報をスターリンへ送っていたが、スターリンはそれを信じなかった。と言うより、信じたくなかったのだ。

 せっかくの情報も為政者によって、全く活かされていないことがままある。為政者(あるいは、その機関のトップ)にとって、都合の悪い情報は軽視されるか無視され、都合の良い(心地の良い)情報だけが取り上げられる。情報を活かすも殺すも、とどのつまりは受け手しだいだ。そんなスパイがもたらす情報の危うさを、グレアム・グリーンは『ハバナの男』で、ジョン・ル・カレは『パナマの仕立屋』でアイロニカルに描いている。