内勤職員の戦い 『コンドルの六日間』 ジェームズ・グレイディ著/池 央耿訳

新潮社

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 物語の舞台は「アメリカ文学史協会」という学術団体のような名称をもつCIAの末端組織。この組織の活動は、あらゆるスパイ・ミステリーや犯罪小説に目を通し、そこに描かれた手口と、現実に発生した事件を比較検討することである。検討の結果、関連が濃いと判断されると、その小説の作者は、単に「想像力に富んだ幸福な人物である」(訳者)か、「知るべくして知っている以上に何かを知っている人物である」かが調べられる。もし、後者の場合、その作者は、ただでは済まされない。「アメリカ文学史協会」というのは作者の創作かもしれないが、CIAなら実際にそうしたことを行っていても不思議ではない。

 マルカムはこの協会に勤める若手職員。彼がCIAにリクルートされた経緯が面白い。大学院修士課程の最後の試験で、セルバンテスの『ドン・キホーテ』におけるドン・キホーテとサンチョ・パンサの関係について論じる課題が出された。この作品を読んだことがないマルカムは、「二人の冒険は、レックス・スタウトの最もよく知られた登場人物、ネロ・ウルフとアーチー・グッドウィンの冒険に比較し得る。例えば……」と、レックス・スタウトが創作した私立探偵とその助手についての、長大な持論を展開させた答案を提出した。その答案がスペイン文学の教授の目に留まり、彼をCIAに推薦したのである。

 さて、事件はマルカムが当番で職員の昼食の買い出しに出かけている間に行った。協会へ戻ってきたマルカムは、職員全員が射殺されているのを発見する。たまたま、彼だけ外出していたため命拾いをしたのだ。マルカムはCIAの緊急用非常回線で、〝コンドル〟という暗号名を名乗って危急を知らせる。ところが、その直後から彼の命も狙われる。CIA内部に犯人の一味がいたのだ。彼は髪型や服装を変え、街でみかけたウェンディという女性の車に無理やり乗り込んで街を離れ、彼女のアパートに身を隠すのだが……

 CIA職員といっても、デスクに座ってスパイ・ミステリーを分析する内勤職員のマルカム。現場業務には素人同然の彼が必死に頭を絞って、また幸運にも助けられて、プロの刺客の攻撃をかわしていくサスペンスフルなスパイ小説である。

 作者はジャーナリスト出身のジェームズ・グレイディ。いかにもジャーナリストらしいドキュメンタリータッチな文章が、作品を真に迫ったものにしている。本作品が発表された1974年は、ウォーターゲート事件をはじめ、これまでベールに包まれていたCIAの秘密工作や不正が次々と明るみになった時期である。(作品でも、文学史協会の経理係が不正を嗅ぎつけたことが事の発端になっている) CIAに対する国民の関心が高まっていたこともあって、作品は大好評を博し、翌年、シドニー・ポラック監督、ロバート・レッドフォード主演で映画化された。