村上春樹が絶賛したスパイ小説 『スクール・ボーイ閣下』ジョン・ル・カレ著/村上博基訳

ハヤカワ文庫

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 前作『ティンカー、テイラー、ソルジャー・スパイ』で、サーカス(英国秘密情報部)に潜むソビエトのモグラを排除したものの、モスクワ・センター(KGB)の工作指揮官、カーラの謀略によってサーカスは甚大な打撃を被った。それを立て直すため、チーフに就任したジョージ・スマイリーは、ごく僅かな仲間だけでプロジェクトチームを編成し、カーラに繋がる痕跡を見つけるため、昼夜を徹して膨大な過去の記録を調べた。

 その結果、浮かび上がってきたのが、パリから東南アジアへ伸びるKGBの極秘送金ルートだった。最終受取人はドレイク・コウという香港の大物実業家。スマイリーはコウの尻尾を掴むため、かつてヴェトナムで情報部の仕事に従事したことがあり、今はイタリアで無為な日々を送っていた新聞記者のジェリー・ウェスタビーを香港に派遣した。やがて、ウェスタビーは、コウにはカーラの指示によって二重スパイとして中国情報部中枢に送り込まれているネルソンという、コウが幼い頃に生き別れた弟がいること、そしてコウがその弟と再会すべく、ある計画を企てていることを掴んだ。

 ウェスタビーはイギリスの上流階級出身者で女好き。いつも半ズボンを履き、正義感に溢れて永遠の少年のようなところがあることから〝スクール・ボーイ〟と呼ばれていた。諜報や謀略の世界で生きるには純粋すぎた彼は、再会しようとする兄弟の仲を裂いて、ネルソンを捕獲しようとするサーカスのやり口に義憤を感じ、サーカスの指示を無視して、単独行動をとる。本作品の主人公はスマイリーというより、むしろウェスタビーである。

 100万ドルの夜景と謳われるビクトリア・ピーク、湾に浮かぶジャンク船、高層ビルに囲まれたハッピー・ヴァレー競馬場なと、東洋の伝統的風景と近代建築物が融合した独自の景観を呈する香港。古くからアジアにおける交通の要であり、植民地時代も現在も数多くの多国籍企業が進出している国際都市である。それゆえ、昔からあまたのスパイが暗躍してきた。しかし、19977月に香港の主権がイギリスから中華人民共和国へ返還され、当地での英国秘密情報部(SIS)の役割も終えたかに見えたが、20139月、香港紙『文匯報』は、SISのスパイとみられる人物が香港政府の主要部門に潜入していると報じている。同紙によれば、返還以降も香港でのSISの活動は綿々と続けられているとのこと。冷戦時代も現在も香港はスパイ活動の重要な拠点なのだ。

 スマイリー三部作の二番目にあたる作品だが、複雑にねじれる紐を少しずつ解いていく他の二作に比べて、スケールが大きく、派手な戦闘シーンもあって、冒険小説的な面白さがある。村上春樹が「三度読んで、そのたびに興奮した」と絶賛した、1977年度の英国推理作家協会賞受賞作品。