〝冷戦時代のスパイ戦を知る通史〟『スパイたちの遺灰』マシュー・リチャードソン著/能田 優訳

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 人はなぜスパイになるのか? スパイ研究家のH・キース・メルトンが分類した「MICE」(①Money〔お金〕、②Ideology〔思想信条〕、③Compromise〔名声と立場〕、④Egoism〔自尊心〕のそれぞれの頭文字を取ってと呼んでいる)の他、組織に対する<復讐>が動機になる場合もある。自分を陥れた組織に、自分を軽んじた組織に、愛する人を殺害した組織に対して復讐をする……。さて、本作品における主人公の動機は、どこに分類されるのであろうか。

 冴えない諜報史の准教授マックス・アーチャーのもとに、ある日、一枚の名刺が届く。MI6の伝説のエージェント、スカーレット・キングが、半世紀にわたる諜報活動を綴った手記を出版したいと言うのだ。イギリス政府が隠蔽してきた作戦が表に出れば、世界が注目する。私生活では離婚間近、大学でも准教授止まりで出世も見込めないマックスは、一発逆転のチャンスとばかり浮き足立つ。しかし、直後にスカーレットが殺害され、マックスはMI5から追われる身に。窮地を脱するため手記の原本を捜すうち、歴史の裏に隠された真実が浮かぶ……。

 物語は現代が舞台のマックスのパートと、1940年代後半からM16のスパイとして活動するスカーレットのパートが交互に描かれて進行する。

 特にスカーレットのパートは、キム・フィルビーやジョージ・ブレイクなどのスパイや、ケンブリッジファイブ、ミトロヒン文書、ゴースト・ストーリー作戦など、「実在の人物や実際に起きた事件がふんだんに盛り込まれた、臨場感あふれるストーリー展開と、圧倒的な知識量に裏打ちされたリアリティ」(「訳者あとがき」より)により、さながら冷戦時代のスパイ戦を知る通史のようである。それもそのはず、作者のマシュー・リチャードソンは、オックスフォード大学マートン・カレッジの大学院で諜報史を研究していのだ。

 それにしても、なぜスカーレット・キングは手記の出版に際して、マックスを指名したのだろうか。最後に驚くべき真相が明かされる。

 本作品は、サンデータイムズ紙とガーディアン紙のBook of the Year 2023に選出されるとともに、作家のジェフリー・ディーヴァーが「生まれながらのストーリーテラー」、スティーヴ・キャヴァナーが「注目必至。ページをめくる手が止まらない」と絶賛した、久々の読み応えのあるスパイ小説である。