宿敵との決着 『スマイリーの仲間たち』 ジョン・ル・カレ著/村上博基訳

ハヤカワ文庫

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 ロンドン郊外にある公園の林道で、顔を吹き飛ばされた老人の死体が発見された。遺品から、亡命ロシア人グループのリーダー的存在であり、仲間から〝将軍〟と呼ばれていたウラジミールであることが判明する。一時、彼はサーカス(英国秘密情報部)に協力していたことがあり、当時の彼の工作担当官がジョージ・スマイリーだったことから、引退生活を送っていたスマイリーは、再び現場へ呼び出されることになった。

 残忍な手口から、手を下したのはKGBだとスマイリーは判断する。将軍は殺害される前、スマイリーに伝えたいことがあると言ってサーカスへ連絡をよこしていた。それは、モスクワ・センター(KGB)の工作指揮官であるカーラの秘密に関することらしいが、応対に出た若い部員は、賞味期限の過ぎた協力者がお金を無心に来たと判断して、まともに取り合わなかった。そのあげくが、この凄惨な結果だった。殺害の動機は、ウラジミールの口を封じるために違いない。果たして、将軍が掴んだカーラの秘密とは何だったのか?

 驚くべき記憶力と緻密な思考力、強い意志力と忍耐力をもって、一歩一歩、核心へと迫っていくジョージ・スマイリー。唯一の弱点は、浮気癖のある奔放な妻、アンだった。彼はアンのことになると、心穏やかでなくなり、冷静さを欠いてしまう。かつて、カーラはこれに気づいて、サーカス内部に潜ませていたモグラを使ってスマイリーからアンを奪い、彼を苦しめた。

 血も涙もないような切れ者のカーラであったが、彼にも人間らしい愛情があった。それが彼のアキレス腱になると見たスマイリーは、かつてカーラが自分に対してやったように、そこを突いてカーラに揺さぶりを掛け、ついに彼との長い戦いに決着をつけるのである。

 お金、性的嗜好、過去の過ち、家族など、人には誰しも弱みや隠しておきたいものがある。グレアム・クリーンは、それを〝ヒューマン・ファクター〟と表現した。人をスパイに走らせるのも、スパイを葬るのも、まさにこの人間的な弱みだ。そして、それを逆手に取って相手を陥れる非情で卑劣な世界こそが、スパイの世界なのである。良心が咎めても、そうしなくては、この世界では生き残れない。

 だからであろうか、長い戦いに終止符が打たれ、盟友のピーター・ギラムが「ジョージ、あんたの勝ちだ」と言ったとき、カーラの中に自分と同じもの(かつてスマイリーの部下だったソビエト情報の専門家、コニーは「あんたとカーラは姉妹都市だ。ひとつのリンゴの半分同士だ」と彼に語ったことがある)を感じていたスマイリーは、「わたしの?……うん、そうだな、そうかもしれない」と、浮かぬ顔で答えるしかできなかったのである。

 深い味わいと余韻が残るスマイリー三部作の掉尾を飾るにふさわしい作品である。