普通の女の子がスパイになる 『国王陛下の新人スパイ』 スーザン・イーリア・マクニール著/圷 香織訳

創元推理文庫

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 明るくて負けず嫌いな赤毛の才媛、マギー・ホープが活躍するスパイ小説シリーズ。第一作目は2013年度のバリー賞を受賞した『チャーチルの秘書』。続く第二作目は『エリザベス王女の家庭教師』(14年)。そして、第三作目の本作品(15年)で、マギーは、念願叶って正式なスパイになる。与えられた任務は、ドイツへ潜入し、レジスタンスグループに無線機の部品を渡すことと、ナチス高官の自宅に盗聴器を仕掛けることだった。

 ナチスがユダヤ人の大量虐殺を行ったことは周知のとおりだが、アーリア人から〝退化と欠陥の要素〟を取り除くという優勢学思想(2016年7月に起きた相模原障害者施設殺傷事件の犯人の男が、これの信奉者であったことは記憶に新しい)に基づき、障害者や難病患者を〝駆除〟する安楽死計画(暗号名:T4作戦)が推し進められていたことは、あまり知られていない。障害のある子どもたちは、窓のない灰色のバスでヘッセン州にあるハダマーの精神病院へ連れて行かれ、ガス室で殺されていた。

 この話しをナチス高官の娘で、看護師をしているエリーゼから聞かされたマギーはショックを受けるが、T4作戦の証拠を掴むことに成功し、これによりローマカトリックの枢機卿はT4作戦を批判する演説を行う。この演説によって、国民から熱烈に支持されていたヒトラーが、唯一、ブーイングを浴びせられたのは史実である。

 巻末解説で、文芸評論家の大矢博子は「人はどんなところにも、〝自分と違うものを差別する〟理由を見つけ出す。それを正義と信じ込む」と述べ、本作品をそうしたマイノリティや社会的弱者に対する差別へのアンチテーゼとして捉えている。なるほど、内反足のため、松葉杖をついている少年が悪ガキどもに虐められているのを助けるエリーゼや、同じフラットで暮らすデイヴィットが同性愛者であるにもかかわらず、友人として付き合っているマギーなどから、偏見に囚われない作者の温かい眼差しを感じとることができる。

 本作品では、エリーゼがもう一人のヒロインとして大活躍する。博愛精神の持ち主である彼女は、同僚の夫のユダヤ人男性と、負傷したイギリス軍パイロットを自宅の屋根裏部屋へ匿う。物語のクライマックスは、エリーゼがマギーとこの二人の男性をスイスへ脱出させようとするくだりである。蟻一匹通さない厳戒態勢のベルリンから、果たして、マギーたちは無事に脱出することができるのだろうか……。

 女性が主人公のスパイ小説やスパイ映画は、とかくセクシーで超人的な格闘能力を持つヒロインが多い。しかし、本作品の場合、泣いたり落ち込んだりする普通の女の子が、知恵と勇気を振り絞って難局に立ち向っている。そんな等身大のマギー・ホープの姿が読者に支持され、シリーズ化されているのであろう。