高くついた持参金の代償 『売国奴の持参金』フレデリック・フォーサイス著/篠原 慎訳

角川文庫

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 本作品は、引退を勧告されたSIS(英国秘密情報部)のベテラン工作担当官、サミュエル・マクレディが組織に不服を申し立てるため、聴聞会で過去の組織への貢献を語るフォーサイスの中編スパイ小説シリーズの第二弾目である。

 1985年の春、イングランド南部のソールベリー平野で行われた軍事演習に招待されていたソビエト軍将校団が帰国するその日、一人のソビエト軍将校からCIAのロンドン支局へ電話があった。その将校は自分の正体はKGB大佐のオルローフだと告げ、アメリカへの亡命を申し入れてきた。受入が拒否された場合、将校団の一員として帰国するので30分以内に返事が欲しいという。これに応対したのがCIAの若き部員、ジョー・ロス。ワシントンは、まだ真夜中だったので、彼は上司のキャルヴィン特別プロジェクト部長を電話で起こすのを気兼ねした。仮に相談しても、ワシントンが30分で判断を下せるわけがない。偽装亡命の可能性も一瞬、頭によぎったが、CIAのデータベースに登録されているオルローフのプロフィールと、電話の人物が語っていることに矛盾はない。もし、これが本物であれば、すばらしい拾得物だ。ロスはオルローフを受け入れた。

 オルローフがもたらした情報―これが原作名のThe Price of the Bride 直訳すれば〝花嫁の持参金〟である―は、CIAが裏付け調査を行ったところ、全て本物であり、彼らを欣喜雀躍させた。それによって、中南米に張り巡らされたKGBの諜報網を次々と潰していくことができたのだ。キャルヴィンは副長官のポストを仄めかされ、彼の後釜として、ロスが特別プロジェクト部長に抜擢される予定だった。オルローフはCIAにとって、最高の拾い物だった。しかし、マクレディはオルローフの亡命に何か胡散臭いものを感じ、ロスへ忠告するが、SISの不当な横やりだと言ってロスは耳を貸そうとしない。

 SISとCIAは相互に情報交換を行い、〝カズンズ(いとこ)〟と呼び合う間柄だが、かつてキム・フィルビー事件が起きたとき、SISに対するCIAの信頼が崩れ、両者の協力関係が一時ストップした。そして、当時のCIA防諜部長だったアングルトンは、CIA内部にもソビエトのモグラがいるかもしれないと、極度の疑心暗鬼に陥り、一時、CIAは機能不全になりかけた。KGBが望んでいたのは、まさにこのようなことだった。そのため、彼らはヴェトナム戦争の時から周到に、ある作戦を進めていたのである。

 第一作目の『騙し屋』(1991年)は、英ソの諜報戦に利用された定年間際の冴えないBND(西ドイツ連邦情報局)部員の不満や不安といった人間臭さが光った作品だった。二作目である『売国奴の持参金』(同年)は、取り返しのつかないことをしてしまったロスの悔しさや虚しさが伝わってくる、ほろ苦いエンディングが印象的な作品である。