おぼろに霞む過去の真実『戦下の淡き光』マイケル・オンダーチェ著/田栗美奈子訳

作品社

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 本書は、1996年のアカデミー賞受賞映画『イングリッシュ・ペイシェント』の原作(『イギリス人の患者』)などで知られるカナダを代表する作家、マイケル・オンダーチェが2018年に発表した作品である。

 主人公のナサニエルが14歳のとき、二つ年上の姉と自分を置いて、突如、両親が仕事で海外に行ってしまった。両親の友人で姉弟が〝蛾〟とあだ名をつけた男が二人の後見人になるが、〝蛾〟だけでなく彼のもとに集まる人物は、誰もが胡散臭い。特にボクサーあがりで怪しげな商売にかかわる〝ダーダー〟は、ナサニエルにとって忘れられない人物だ。

 ダーダーに誘われて、ドッグ・レースに使うグレイ・ハウンドを艀(はしけ)に乗せてテムズ川を運ぶ闇行為を手伝うちに、ナサニエルはダーダーのワルの魅力に惹かれていく。また、皿洗いのアルバイト先で知り合ったアグネスと、何度となく空き家で愛し合うようになる。こうして、ナサニエルは大人の世界を垣間見ながら、恋にも目覚め、刺激的な思春期時代を過ごしていた。ところが、ある日、自宅の地下室で、海外へ行ったはずの母のトランクが見つかる。母は自分たちに嘘をついていたのだ。

 それから14年後。28歳のナサニエルは情報部で勤めていた。母の謎を探るため、情報部の古い資料を調べていくうちに、母が第二次大戦中、連合軍のスパイをしていたことを知る。我々は1945年に第二次大戦が終結したと思っている。しかし、実際には停戦後もなお、政府の意向を無視した暴力的な戦いが続いていた。そのため、ナサニエルの母は現地に留まって連合軍のために働いていたのだが、それゆえ、戦後もたえず追手から狙われていた。ナサニエルが14歳のときに、突如、姿をくらましたのも、正にそのためだった。そして、追手は今なお諦めていなかった。

 ナサニエルは母の過去を探ると同時に、当時、〝蛾〟のもとに集まっていた人たちも探す。ようやくダーターを探し当て再会するが、期待に反して、彼は終始、よそよそしい態度で、すっかり別人になっていた。その理由に主人公は胸を抉られる思いをする。

 作品の原題はwarlight。訳者はあとがきで、「warlightは戦時中の灯火管制の際、緊緊急車両が安全に走行できるように灯された薄明りを指している。この物語全体もまた、そうしてほのかな明かりに照らされるかのように、真実がおぼろにかすみなかなか姿を現さない」と述べている。思春期の想い出も、ほのかな明かりに灯されて、おぼろげだからこそ憧憬を伴うのだろう。

〝静かに、豊かに詩的につづられ深く胸にしみる〟(訳者あとがき)一級の文芸作品である。