〝赤い牝牛〟と呼ばれる猛女の活躍 『火の玉イモジェーヌ』シャルル・エクスブライヤ著/荒川比呂志訳

ハヤカワ・ポケット・ミステリ

クリックするとAmazonの商品ページへ移ります。

 2014年9月、スコットランドのイギリスからの独立を問う住民投票(結果は反対票が辛うじて勝り、独立は否決されたが)が実施されたことは、記憶に新しい。日本人から見れば、スコットランドもイングランドも同じイギリスの一つという感覚だが、スコットランドの人にとっては、どうやら、そうではなさそうだ。

 スコットランドは、元々はスコットランド王国という独立国だったが、1703年にイングランドと併合され、グレートブリテン連合王国になった。しかし、連合といっても主導権はイングランドにあったため、スコットランド人にとっては不満だった。とりわけ、1746年のカロデンの戦いで、グレートブリテン王国軍に敗れたジャコバイト軍(カトリック教徒のジェームズ二世を支持するスコットランド人一派)の一部が虐殺されたため、後世長くスコットランド人はイングランドに対して、遺恨を残すことになった。本作品の主人公であるイモジェーヌ・マッカーサリーも大のイングランド嫌いだった。

 炎のような赤毛を持つ身長180センチのスコットランド生まれの大女、イモジェーヌ。年齢は五十歳近いが独身。ロンドンにある海軍省情報局のタイピストをしていたが、曲がったことが大嫌いで、性格は猪突猛進。おまけに、退役軍人だった父親の偏った教育により、スコットランド人以外は人間ではない(「イングランド人はつまらない人間の集まり」、「ウェールズ人は半野蛮人」、「アイルランド人は英国の最下位の人間」〔訳者〕)と思っており、少しでもスコットランドの悪口を言われると、怒髪天を衝く勢いで怒り狂うことから、職場内で〝赤い牝牛〟と呼ばれていた。

 ある日、イモジェーヌは情報局の局長から、ある機密書類を彼女の故郷であるスコットランドのキャランダーまで届けてほしいと頼まれた。一介のタイピストから憧れのスパイになれる! すっかりその気になった彼女は、張り切って任務を引き受けたのだが……。

 イモジェーヌの勘違いと暴走が読者の笑いを誘う作品である。特に、キャランダー村に駐在する巡査部長がチェス盤を広げる度に、突拍子もないことを言って飛び込んでくるイモジェーヌのせいで、邪魔される場面が、忘れた頃に、繰り返し出てくるのが何ともおかしい。植草甚一は『雨降りだからミステリーでも勉強しよう』(1972年 晶文社)で、爆笑を誘発するアメリカ式の笑いとは違って、フンワリとしたおかしみが積みかさなるのがフランス式の笑いであると述べている。確かに本作品においても、それが窺える。

 この作品は、フランスでアガサ・クリスティーに次いで人気のあったミステリ作家のシャルル・エクスブライヤが1959年に発表したユーモア・スパイ小説である。イモジェーヌの猪突猛進な活躍ぶりが、多くのフランス人読者に受け、その後、シリーズ化された。