利用されたノストラダムスの予言 『裏切りのノストラダムス』 ジョン・ガードナー著/後藤安彦訳

創元推理文庫

画像をクリックするとAmazonの商品ページへ移ります。

 今から約半世紀前、五島 勉の『ノストラダムスの大予言』(1973年)が我が国で空前のベストセラーとなり、社会現象を巻き起こした。「19997月に人類が滅亡する」とうセンセーショナルな予言に、当時、中学生だった筆者は「どうせ人類は滅亡するのだから」と、それを勉強から逃れる言い訳にしていたものだ。

 16世紀、フランス王妃カトリーヌ・ド・メディチの宮廷に仕えた医師であり、占星術師でもあったノストラダムスは、 王妃の夫の死を予言したことで一躍名声を高めた。その彼が将来の出来事を四行詩で著した予言集が「ノストラダムスの予言」である。その中に「19997の月に恐怖の大王が来るだろう」と記された一文があり、これが世紀末を指していると言われた。〝恐怖の大王〟というような、どのようにでも読み取れる抽象的な表現で書かれているため、時の為政者によって都合よく解釈され利用されてきた。特にナチス・ドイツの宣伝大臣だったゲッペルスが、これを利用して国民を扇動したことはよく知られている。

 一人のドイツ人女性がロンドン塔を訪れ、衛兵に「自分の夫は先の大戦中、スパイ容疑のため、ロンドン塔で処刑された」と奇妙なことを語り、真相を調べて欲しいと言う。それを受け、この件を調べることになったのがイギリス海外情報局員のハービー・クルーガーである。人並み外れた大柄な体格のため〝ビック・ハービー〟と呼ばれ、マーラーの楽曲をこよなく愛する人物。調査を進めて行くうちに、ノストラダムスの予言を逆手に取って、ナチス内部に不安を煽り、分裂を図る〝ノストラダムス作戦〟なるものが、イギリスによって進められていたことを掴む。

 物語は第二次世界大戦中のヨーロッパと、現在のロンドンがカットバックしながら進行する。やがて、ハービーが過去から掘り起こした〝ノストラダムス作戦〟によって、現在のイギリス政府を震撼させる陰謀が明るみになる。親衛隊の聖地であるヴェーヴェルスブルク城を舞台としたヒムラー暗殺未遂事件や、単身イギリスへ飛んだナチス党副総裁、ルドルフ・ヘスの暗殺計画など、虚実を織り交ぜ、読者を楽しませてくれる。

 作者のジョン・ガードナーは、イアン・フレミングの遺族の公認を得て007シリーズを発表しているイギリスのスパイ小説作家だが、同時にジョン・ル・カレのジョージ・スマイリーやブライアン・フリーマントルのチャーリー・マフィンなどに匹敵する、魅力的なキャラクターの主人公、〝ビック・ハービー〟を生み出した作家としても知られている。 本書は、ハービーが活躍する三部作(『裏切りのノストラダムス』(1979年)、『ベルリン 二つの貌』(80年)、『沈黙の犬』(84年))の劈頭を飾る作品である。