フランス版007 『117号スパイ学校へ行く』ジャン・ブリュース著/三輪秀彦訳

ハヤカワ・ポケット・ミステリ

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 かつてウクライナのヴィニッツァという都市に、「ガツィーナ」と呼ばれたアメリカそっくりの町が実在した。それはアメリカへ潜入するスパイを訓練するための模擬都市だった。そこで訓練生たちは潜入先の住民として溶け込めるよう、アメリカ人の思考や文化習慣などを徹底的に叩き込まれた。会話もスラングを学んだが、それを教えることができるのは本物のアメリカ人だけである。しかし、冷戦時代、自ら好んでソビエトへ行く酔狂なアメリカ人はいない。そこで、ソビエトはある方法を用いて無理やり協力者を確保した。

 ニューヨークで売春組織を仕切っていたロッキーは、ソビエト・スパイの罠にはまり、FBIの捜査官殺しという濡れ衣を着せられた。捕まって電気椅子送りになるか、ソビエトに協力するかという二社選択を迫られた彼は、やむなく後者を選ぶ。その様子を部屋の陰から見ていた愛人のヴェラがFBIに通報。現場に駆けつけたFBIの警部は、被害者に該当する人物がFBIにはいないことから不審を抱き、CIAへ連絡。ヴェラからロッキーがスラングの専門家としてソビエトへ連れて行かれることを聞かされたCIAは、それがアメリカへ潜入するスパイの訓練生相手の任務であると睨み、この機会を利用して、彼らの名簿と指紋を入手するため、ロッキーの替え玉をソビエトへ送り込むことにした。

 その白羽の矢が立ったのが、ОSS117号というコードネームを持つフランス情報部のユベール・ボニスール。1950年代から60年代にかけてフランスでは、ОSS117シリーズが007と二分するほど人気を博し、実に72作品も発表された。

 ロッキーの替え玉としてヴィニッツァへ連れてこられたユベールは、訓練生の名簿を管理しているポリーナ・シュビーナというグラマラスなロシア美人と接触する。しかし、既にユベールの正体を見破っていたソビエトは、彼をすぐには逮捕せず、偽の名簿を掴ませる策に出た。ポリーナはモスクワから来たGRU(軍情報部)の幹部に、ユベールの誘いに乗るよう命令を受ける。愛国心に燃える優秀な同志ポリーナは、これを引き受けるが、ジェームズ・ボンドも顔負けのユベールの女たらしぶりに、「GRUが誘惑されたように振る舞えと命令したからだわ」と自分に言い訳し、任務であることを忘れて、女ざかりの体をユベールに任せるのであった。党務に熱心なためか、そういうことに慣れていないポリーナが、フランス人プレイボーイ、ユベールの情熱的な口説きに面食らいながらも、しだいに心を動かされていく様が面白い。

 この作品の見どころは、米ソ両国がお互いに相手の裏をかこうと、巧妙な謀略を仕掛け合うところだが、最後にもうひと捻り用意されている。わずか140ページ足らずの中編小説といってもよい作品だが、シリーズ中、最高傑作だと言われている。