2026.2.8 松本清張を読む

 正月明けから松本清張に関する本を立て続けに読んだ。

 『松本清張の昭和』(酒井信/講談社現代新書)は、極貧の幼少期から国民作家へと至った松本清張の全生涯を記した〝初の本格評伝〟とも呼ぶべき一冊。彼の長い下積み生活がいかにして数々の作品へ結実したかを読み解くことができる。

 『松本清張の深層心理 隠された潜在メッセージ』(藤脇邦夫/幻冬舎)は、原作小説と映像化作品の比較によって、原作小説だけでは読み取れなかった松本清張の知られざる創作心理の深部を掘り起こす一冊。特に『霧の旗』にページが割かれているが、この作品が仏映画の『眼には眼を』から着想を得ていたという分析は興味深い。

 ところで、こうした作品批評に関する本を読む場合、対象になっている作品を読んでいないとお話にならないので、『松本清張の深層心理』を読む前に、未読だった『霧の旗』と『疑惑』を読んだ。『霧の旗』は女性ヒロインものというイメージがあって読んでいなかったのだが、今回、初めて読んでみて、その面白に堪能した。食わず嫌いは損をするとは正にこのことだ。

 『松本清張と水上勉』(藤井淑禎/筑摩選書)は、ともに社会派ミステリー作家として出発したという共通部分がある松本清張と水上勉のその後の二人の人生と、それが作品にどのように結実したかを記した一冊。私は、水上勉の作品は『飢餓海峡』(この作品も面白かった)しか本でいないので、主に清張について書かれたページを拾って読んだ。中でも面白かったのは、川端康成の『伊豆の踊子』と清張の『天城越え』の比較。前者の主人公は旧制一高の学生という高等遊民。後者の主人公は小学校卒で印刷屋の丁稚奉公をしている少年。高等遊民のうじうじした内省的な物語よりも、登場人物に娼婦が出てきて殺人事件も起こる後者の方に、断然、惹かれる。

 松本清張の最大の功績は、ミステリーをトリック偏重の非現実的な〝見世物小屋〟(清張の言葉)から、現実の社会構造や人間の業(動機)を深く描くことで〝大人の鑑賞〟に堪える文芸作品に仕立てたことである。だからこそ、多くの人が清張作品に惹かれるのであろう。この先も松本清張の作品は読まれ続けるのだろうか?

 清張の多くの作品に描かれている世界は、1950年代後半から1960年代にかけての高度経済成長期にあった昭和の日本社会である。インターネットやSNSなどはなかった。しかし、人間の持つ嫉妬、欲望、怨恨などのドロドロした感情は当時も今も変わらない。それゆえ、この先も清張作品は多くの人に読まれ続けていくに違いない。

2026.1.12 無事これ名車

 今年の干支は午(うま)。馬にまつわる諺や名言は数多くあるが、筆者は菊池寛の造語といわれている「無事これ名馬」という言葉が気に入っている。

 意味は、能力が多少劣っていても、怪我なく無事に走り続ける馬が名馬である、というもの。馬は現代の社会においては、さしずめ車であろう。菊池寛のこの言葉で譬えるなら、故障も事故もなく走る車が、即ち無事これ名車である。

 筆者が初めて手にした車は、大学2年生のときに近所の自動車販売店から19万円で購入した49年式の30系カローラのハードトップ。色はタークグリーン。大学時代と共に過ごした正に〝相棒〟といえる車だった。この車で友人たちと色々なとこへドライブをしたし、初めて女の子とキスしたのもこの車の中だった。

 二台目の車は、社会人になってしばらくしてから、同じ職場の人から購入したセリカXX。黒のボディと6気筒エンジンのロングノーズで押し出しがきいた車だった。当時の職場は、今のような残業規制もなく、連日、深夜近くまで残業していたので、職場仲間は、この車のことを「残上手当で買った車」と揶揄していたものだ。

 三代目の車は、新婚時代に乗っていたカリーナのセダン。白色のクリーンな外観で、クセもなく万人受けのする車だった。

 子供が生まれると、もう少し荷室の大きな車が欲しくなり、当時、ステーション・ワゴンがブームだったこともあり、カルディナを四代目の車として購入した。色は看板カラーのダークフォレストトーニング(ボディの上部がダークグリーンで、下部がグレーのツートンカラー)。この車には10年近く乗った。

 五代目は、東京の単身赴任生活から戻ってきた2001年に購入したヴォクシー。色はシルバー。スライドドアと三列シートの有難みを経験すると、ファミリーで乗る場合は、もうこれなしでは考えられない。この車は2025年まで、実に20年以上も乗った。

 そして、六代目は2025.11.3付のブログで紹介しているホンダ・フリード。色はシーベッドブルー。綺麗な色だが、夜間は見えにくいので、シルバーにしておけば良かったかなと、思わないでもない。何もなければ、おそらく、否、間違いなくこの車が筆者の人生の最後の車になるだろう。

 これまで乗ってきた、どの車も大きな故障や事故(多少のトラブルはあったが)がなかったので、冒頭の譬えでいうなら、いずれも筆者にとって名車である。人生最後の車となるであろうフリードも名車であってほしい。

2025.12.31 2025年マイベスト本

 今年は1月13日に読了したエリカ・ルース・ノイバウァーの『豪華客船オリンピア号の殺人』を皮切りに、12月29日に読了した『阿刀田高のサミング・アップ』まで、計35冊の本を読んだ。

 さて、今年も恒例、この一年間で読んだ本のマイベスト10を紹介する。

・10位『日本海軍 失敗の本質』 戸高一成(PHP新書)

・9位  『ゾルゲ事件 80年目の真実』名越健郎(文春新書)

・8位 『Uボート・コマンダー』 ペーター・クレーマー(ハヤカワ文庫)

・7位 『Uボート 出撃せよ』 アレクサンドル・コルガノフ(ハヤカワ文庫)

・6位 『本能寺の変 431年目の真実』 明智憲三郎(文芸社文庫)

・5位 『阿刀田高のサミング・アップ』 阿刀田高(新潮文庫)

・4位 『松本清張の女たち』 酒井順子(新潮社)

・3位 『声』 アーナデュル・インドリダソン(創元推理文庫)

・2位 『イギリス人の患者』 マイケル・オンダーチェ(創元文芸文庫)

・1位 『スパイたちの遺灰』 マシュー・リチャードソン(ハーパーBOOKS)

 『日本海軍 失敗の本質』は、大和ミュージアムの館長を務める著者が日本海軍が敗れた敗因を各海戦ごとに解説した本。名将・山本五十六といえども判断ミスを犯したのが印象に残る。▼リヒャルト・ゾルゲに関する書物は多いが、『ゾルゲ事件 80年目の真実』は、新書ながら、これ一冊で彼についての全てが分かる本である。▼『Uボート・コマンダー』は、絶体絶命の死地から幾度も生還し、〝生命保険〟の異名をとったUボート艦長が自らの体験を描いた戦記。▼『Uボート 出撃せよ』は、イギリス海軍が誇る戦艦ロイヤル・オークを撃沈させたUボート艦長の英雄、ギュンター・プリーン海軍大尉を主人公としたドキュメンタリー小説。詳細は2025年9月7日付のブログ「潜水艦に関する本」を参照されたい。▼本能寺の変が起こった背景については諸説粉々あるが、本書はそれらを一つ一つ見ていき、明智光秀が織田信長を撃った真の理由を探ろうとする一冊。▼『阿刀田高のサミング・アップ』は、文庫版が発行された1993年6月に一度読んでいるが、今回、32年ぶりに読み返した。同じテーマをショートショートで描いた場合と短編小説にした場合、テレビドラマ化された作品と脚本、読者のエッセーをプロの作家が書いた場合等の比較が、創作に関心ある者にとっては実に興味深い。▼松本清張に関する書籍は数多くあるが、『松本清張の女たち』は、〝女〟を切り口にして紐解いている点が目新しい。▼『声』は、ミステリ小説でありかながら、一人の男の栄光、悲劇、転落、死を描いて深みがある。▼『イギリス人の患者』は、ブッカー賞を受賞しただけでなく、歴代ブッカー賞のベスト作品にも選ばれた珠玉の一冊。静かだが、どこかミステリアスな味わいのある作品である。▼2026年の栄えあるベスト1である『スパイたちの遺灰』は、ヨーロッパを舞台とした久々のスパイ小説らしいスパイ小説。本ホームページの「作品書評リスト」でも取り挙げているので、詳細はそちらを参照されたい。

2025.11.3 最近の車について

 20年以上乗っていた我が家のトヨタ・ヴォクシーがかなり痛んできたので、この9月に新しい車に乗り換えた。乗り換えた新しい車はホンダのフリード。

 家の駐車場は狭いので、後席の扉を外に広げなくても開け閉めできるスライドドアは大変便利だ。また、時々、義母や孫を乗せるので、天井が高くて開口部の広い車の方が乗り降りも楽にできる。もう若くないので車にカッコ良さや速さなどは求めていない。重視するのは機能性や利便性だ。

 子どもたちが独立し、普段は妻だけを乗せるので、後継の車はヴォクシーでは大きすぎる。そうかと言って、軽自動車ではパワーが足りない。たまに孫たち家族が遊びに来た時に4人しか乗れないのは不便だ。普段は4人乗りだが、いざというときに6~7人が乗ることができる小ぶりなミニバンとなると、選択肢はトヨタのシエンタかホンダのフリードしかない。前者は3気筒エンジンであり、奇をてらった外観も好きになれない。4気筒エンジンで スクウェアなフォルムのフリードを選んだ。

 さて、納車されて2カ月になるが昭和世代には戸惑うことが多い。今まで駐車中にFMラジオを聴いたり、テレビを見たりする場合、バッテリーがあがるのを防ぐため、アイドリングしていたが、ハイブリッド車は駐車しているときに全くエンジン音がしないので、不安になる。(賢いもので、バッテリー量が足りなくなると、自動的にエンジンがかかる)また、シートベルトを着用していないと発進できないようになっている。シートベルトの非着用による重大な事故の危険性を減らすための安全措置であるか、家の駐車場で車を少し前後させるときもシートベルトを着用せねばならず、少し面倒くさい。薄暮や夜間に無灯火で走行するのを防ぐため、走りだすとヘッドライトが自動的に点灯するようになっている。しかし、渋滞中のノロノロ運転のときも点灯している。そんなときはウィンカーレバーについているヘッドライトのスイッチを都度都度OFFにすればよいのが、それなら昔の車のように初めから手動でライトをON/OFFするようになっている方がよい。

 その他、Honda SENSINGという機能により、誤発進抑制、後方誤発進抑制、ブレーキ踏み間違い衝突軽減システム等々、至れり尽くせりの安全対策が施されている。そういう事故が(特に高齢ドライバーには)多いので、それを防ぐために設けられたものであるが、逆にこういのに頼っていると運転技術が退化してしまうのではないかと危惧する。極端なことをいうと、オートマ車も同様で、人間、楽をすると、ついボーっとしてしまい、また逆に咄嗟の場合、アクセルとブレーキの踏み間違いを起こしてしまうのだ。その点、マニュアル車は渋滞時や坂道発進のときに面倒であるが、手と足(しかも、アクセルとクラッチを同時に調整)を忙しく動かさねばならないので、ボーっとする間はないし、アクセルとブレーキを踏み間違うこともない。

 スタートボタンを押して、シフトレバーをドライブモードに入れてペダルを踏むと、フリードは音もなくスっと発進する。快適であるが、車を運転しているという感覚ではない。まさに移動モービルである。

 イグニッションキーを回して、クククという咳こんだ音の後にエンジンが始動し、クラッチを踏んで、シフトレバーをニュートラルから一速に入れ、クラッチをゆっくり戻しながら、同時にアクセルを踏んで車を発進させる……独身時代に乗っていたマニュアル車のアナログチックな手順が懐かしい。

2025.9.7 潜水艦に関する本

 筆者は、ある本を読んでそれが気に入ると、しばらく、その本と同じテーマや世界を描いたものを読む傾向がある。今、読んでいるのは潜水艦に関する本。これを立て続けに読んでいる。

 最初の一冊は『我ら海中自衛隊』(小峰隆生著、並木書店)。潜水艦そのものではなく、潜水艦の乗組員である個々の自衛官を取材したところに興味を持った。その次は『兵士を追え』(杉山隆男著、小学館)という、これも同じく海上自衛隊の個々の潜水艦乗りを取材した510頁にもなる大作であり、二十年ぶりに読み返した。

 筆者は十九歳の頃、たった二カ月余りだったが自衛艦(護衛艦ながつき)に乗り組んでいた。潜水艦乗りは、狭い空間で四六時中、仲間と顔を合わせているためか、水上艦に比べて温和でコミュニケーション能力のある人が多いと言われている。二か月間、先輩たちに怒鳴られっぱなしだった筆者にとって、言葉を荒げる人が少ない潜水艦内の雰囲気に憧れを抱く。また、潜水艦はいったん海の中に潜ってしまえば、波に揺られることもない。冬の日本海の荒波で船酔いに苦しんでいた筆者にとって、これは大変魅力である。さらに警戒態勢に入ると、当直の者以外は皆、音を立てないようベッドに入って寝ているか、横になって静かに本を読んでいるしかいないという潜水艦勤務は、読書好きの筆者にはうってつけかもしれない。この二作を読んでいると、もし、護衛艦ではなく潜水艦に乗り組んでいたら…とつい思ってしまう。

 しかし、教育隊での基礎訓練の終盤、それぞれの専門職種を希望する時、筆者は今、挙げたような潜水艦勤務の実態を知らなかったし、そもそも海上自衛隊に入隊したのは、水平線の大海原を見渡すことができる船乗りに憧れてのこと。端から潜水艦を希望する意志はなかった。それに――これが最も肝心なことであるが――筆者は耳抜き(潜水時に生じる水圧の変化に対応するため、中耳と外耳の気圧を調整する能力を評価する検査)が出来なかったので、仮に希望していても叶わなかったはすだ。

 『兵士を追え』の次は、『Uボート、出撃せよ!』(アレクサンドル・コルガノフ著、ハヤカワ文庫)を読んだ。これは、1939年10月14日払暁、侵入不可能と言われたイギリス海軍の牙城スカパ・フロー湾にUボート単身で潜入し、イギリス海軍が誇る戦艦ロイヤル・オークを撃沈させたUボート艦長の英雄、ギュンター・プリーン大尉を主人公としたドキュメンタリー小説である。

 筆者の大好きなスパイ小説『すわって待っていたスパイ』(R.ライト・キャンベル著、角川書店)は、これを材に得た小説である。『Uボート、出撃せよ!』の中で、スカパ・フロー湾の状況について「既に諜報によっても多数の艦艇が停泊中であることは知らされていたけれども…」という一文がある。『すわって待っていたスパイ』の主人公(居酒屋の店主を隠れ蓑としたドイツ人スパイ、ウィルヘルム・ウルター)は作者の創造した人物であるが、『Uボート、出撃せよ!』のこの一文から、彼と同じように島民に化けてスカパ・フロー湾の様子を探っていた名もなき実在のスパイに思いを馳せた。

 『Uボート、出撃せよ!』を読み終えた現在、絶体絶命の死地から幾度も生還し、〝生命保険〟の異名をとったUボート艦長が自らの体験を描いた『Uボート・コマンダー』(ペーター・クレマー著、ハヤカワ文庫)を読んでいる最中である。

2025.8.12 田山花袋の『蒲団』

 彼女と別れてひと月ほど経ったある日曜日の午後、車を洗っていた僕は座席についている一本の長い髪の毛を見つけた。細くてやや茶色っぽい髪の毛、まぎれもなく別れた彼女の髪の毛だ。 週末の晩、よく二人でこの車の座席から夜景を眺めたが、おそらく、そのときについたものだろう。

 まだ彼女に未練の残っていた僕は、写真や貰ったプレゼントに彼女の面影を求めていたが、髪の毛という、いわば彼女の体の一部であるその痕跡は、より一層、面影を濃厚にし、僕の心をこのうえもなく切なくした。そっと髪の毛に鼻を近づける。ツンと鼻にくる甘酸っぱい匂いは、なつかしい彼女の匂いだ。目を閉じると、まだそこに彼女がいるような錯覚に陥る。僕はその髪の毛を大切に机の引き出しの奥にしまいこみ、淋しい夜、眠れない夜には、密かにそれを取り出し、思い出に耽ったものである。

 読んだわけではなかったが、そんな自分の姿が、田山花袋の『蒲団』に重なった。
「去っていった女弟子の体臭が染みついた蒲団に、彼女の面影を求めてむせび泣く中年男の内面を描いた自然主義文学の代表的作品」高校時代、Tという、しょぼくれた感じのする国語教師がそう紹介したとき、何となくその教師と主人公がダブったので、そこのところだけ印象に残っていた。

 早速、買って読んでみる。身につまされるとは、まさにこのことだろう。明治であれ、平成であれ、女に未練を持つ男の気持ちに変わりはない。――あれから五年、別れた彼女は今、僕の妻になっている。今では、あの頃のロマンティックな思いはすっかり色あせ、洗面台にブラッシングしたときに抜けた彼女の髪の毛が落ちていると、「おい! 髪の毛が落ちている。汚い!」と怒っている有様だ。彼女の髪の毛に涙した僕はどこへ行ってしまったのか。
(ダ・ヴィンチ12月号・創刊8号〔平成6年12月〕「読者が選ぶ私の一冊」に『女に未練を持つ男の気持ちはいつの世も変わらない』という見出しで掲載された筆者の投稿文より)

2025.7.13 スパイは既に潜伏している

 イスラエルが6月13日にイラン各地の核関連施設や軍事拠点を標的にした大規模な攻撃を行ったことが新聞等で報じられていた。

 6月15日付の朝日新聞によれば、イラン国内に潜伏していたモサドの工作員がミサイル拠点の周辺に特殊装置を設置し、その装置に誘導された無人機(爆発物を搭載)によってイランの弾道ミサイル発射装置を狙撃。また、空爆と並行して地上での特殊作戦でレーダー施設なども破壊した。これらの攻撃によってイランの反撃能力を削いだ後、イラン革命防衛隊幹部や核開発に携わる科学者がいる場所を次々とピンポイントで空爆し、殺害している。

 このことは何を物語っているのだろうか。イスラエル国家安全保障研究所のシマ・シャイン上級研究員は標的に対する情報収集のため「モサド工作員の潜伏など、準備に数年の時間がかかった」(朝日新聞)と語っている。

 この数年の間、イスラエルとイランは、少なくとも表面上、争いはなかった。しかし、イスラエルにとって核を保有するイランは潜在的な脅威。イランへ工作員を潜入させることはイスラエルにとって国家存続のため不可欠だが、両国の間が険悪になってから潜入させるのは困難である。このため、相手国の警戒レベルが比較的低い時期から密かに工作員(スパイ)を潜入させ、情報収集を行い、あるいはXデーに備えて準備してきたのだ。

 こうした敵国の組織(政府、軍隊、諜報機関など)へ潜入し、その組織内の機密情報を密かに自国へ伝えるスパイのことを「モグラ(又はモール)」と呼ぶ。また、敵国へ潜入し、本国からの指示があるまで、一般市民として普通に暮らし(即ち、眠っている)、指示をきっかけに眠りから目覚め、破壊工作や暗殺を行うスパイを「スリーパー」という。イランの核施設や軍事施設へイスラエルのモグラやスリーパーが、かなり以前から潜入していたのである。

 これは他の国々においても同じである。ウクライナに多くのロシア側のモグラやスリーパーが潜入していることは想像に難くないが、ウクライナ側もロシアに潜入させているはず。西側諸国のウクライナへの支援が低調になっている現在、ウクライナはロシアに押され気味だが、たまにウクライナがロシア領内の施設を爆破させたというニュースを聞く。その陰にはロシアに潜入しているウクライナのモグラやスリーパーの暗躍があるのだ。

 欧州共同体の国々にとっても、彼らは決して認めないだろうが、例えばフランスの情報機関内にドイツのスパイが潜り込んでいるし、その逆もしかりである。確かに、かつてヒトラーがフランスを攻め込んだようなことは、戦後のドイツにおいはてあり得ないことだろう。しかし、攻め入る意志はなくとも、近隣諸国の内部にスパイを潜り込ませて情報を探ることは国の安全保障上、欠かすことができない。

 翻って我が国はどうであろうか。〝スパイ天国〟(スパイが潜入しやすい、潜入しても命の危険は極めて低いとう意味)と揶揄される日本には、ロシア、中国、北朝鮮のスパイだけでなく、同盟国のアメリカのスパイまでもが潜入している。しかし、それは昨日今日に始まったことではない。我々が気づく(ほとんどは気づきもしない)ずっと前から、彼らは我が国の主要な機関へ既に浸透しているのだ。

2025.6.17 長嶋茂雄 逝く

 2025年6月3日、長嶋茂雄が亡くなった。享年89歳。言わずと知れた球界を代表するスーパースターである。

 屈託のない明るい性格、華麗なるプレーで、これほど国民に愛された野球選手はいないだろう。「ジャイアンツは嫌いだが、長嶋は好きだ」という人も多い。

 長嶋が亡くなった直後、各テレビ番組で彼と縁があった野球選手たちが長嶋の想い出を語っていた。野球のプレーは勿論のこと、野球に対する姿勢も超一流だが、一方、日常生活では、チョッと抜けていたところもあり、聴く者を微笑ませる。

 相手の名前を間違えることは日常茶飯事。アメリカに到着したとき「外車が多いなぁ」と呟いたというエピソード。監督時代、選手を鼓舞する時、「決してあきらめるな! 人生はギブアップだ」と言ったエピソード。極めつけは、息子の一茂と一緒に後楽園球場へ野球観戦に出かけた長嶋は試合に夢中になり、息子を球場に置き忘れて帰ったというエピソード…等々、この種の長嶋伝説は尽きない。

 しかし、こうしたお惚け、天然ぶりだけでは、人は長嶋をこれほど愛するものではない。会った人を虜にするオーラ―があったのだろう。表裏のない真っすぐな性格、何事に対しても前向きで一生懸命な姿勢、そして、その一生懸命さから出る言動が相手を感激させるのである。

 例えば、6月8日の「サンデーモーニング」で放送していた張本勲の想い出――1976年に日本ハムから巨人に移籍した張本が巨人に加入する際に長嶋から言われた「オレの代わりをやってくれ」という一言。「ON」砲の片翼を欠いた巨人では、王貞治に対する他球団からのマークが集中していた。そのため、自分(=長嶋)の代わりの役割を期待して放った言葉であるが、それが張本をいたく感激させた。決して長嶋は、これを言ったら相手は喜ぶだろうなどと計算して言ったわけではない。この時も、王とタッグを組む主砲が真に欲しかったことから発した言葉なのだ。

 このブログでスパイは人たらしであることを度々述べている。(2022.7.24付「高倉健とスパイ」、2023.5.7 付「スパイとしても一流だった坂本龍馬」、2024.9.1付「スパイは人たらし」など)

 万人に好かれた長嶋茂雄も一流のスパイになれたのか? 答えは否(ノン)である。長嶋は人に好かれたが、決して〝人たらし〟ではなかった。人たらしとは、本来「人を騙すこと」、「人を欺く」という意味から分かるように、どちらかというと策(気配りも含む)を弄して、人を惹きつけることが上手な人というニュアンスがある。そういう意味において長嶋は決して人たらしではない。自分で意識しなくても、自然に振舞った言動が、結果として相手を惹きつけたである。

 それに、これだけ多くの天然ボケのエピソードを持つ人物が、一つのミスが命取りになるような不安と緊張の連続であるスパイ稼業が務まるわけがない。と言うか、そもそも長嶋茂雄は嘘をつくことができない人物だ。だからこそ、皆、彼のことを愛したのである。

2025.5.5 今年も、みやこめっせの古書即売会

 今年のゴールデンウィーク(5月4日)も、京都市勧業館〝みやこめっせ〟で開催されている春の古書大即売会に行ってきた。

 11時半に会場へ到着。昨年の経験から、文庫本に的を絞って、順番に各店の書棚を見ていく。一通り見終わったら13時半だったので、昼食を食べに行く。昨年はどこ店も観光客で混んでいたため、会場前でワゴン販売していたオニギリを買って、近くのベンチで食べたので、今年もそのつもりだった。しかし、二条通りを少し歩いたところにあるお好み焼き屋に待つこともなく入ることができた。昨年に比べて観光客が若干、少なかったことや、お昼時を少し過ぎていた時間帯もよかったのだろう。イカ玉とビール(小ジョッキ)を頼んだ。

 昼食後、再び会場へ戻る。文庫本は見終わって、欲しい本は購入済みなので、今度は主に海外文学の単行本を見ていく。各店の書棚を見ると、映画に関する古書が多いことにあらためて気づかされた。そういえば、他の古書会なども、映画に関する本が多い。

 結局、単行本では目ぼしい本がなかたので、3時に会場を跡にする。疲れたので、昨年も入った、少し気難しそうなマスターが経営している喫茶店でコーヒーとアップルケーキを食べた。知らない間に、うたた寝していたら、マスターに起こされた(やはり、気難しいマスターだった)ので、時計を見ると4時。店を出て帰路に就いた。

 結局、今年の即売会で買ったのは、以下の三冊(全て文庫本)である。

・アルノー・ド・ポルシュラーヴ&ロバート・モスの『スパイク』(ハヤカワ文庫)。マスコミによる情報操作を扱った、これまでにはないタイプのスパイ小説である。

・『風味豊かな犯罪』(創元推理文庫)は、一冊で本格推理、ハードボイルド、警察小説、スリラーサスペンス、スパイ小説が楽しめるアンソロジー集

・佐藤泰志の『海炭市叙景』(小学館文庫)は、過去に一度読んだことがあり、深い感動を覚えた文学である。

2025.4.6 息抜きに何をしますか

 4月5日付の朝日新聞・be on Saturdayで取り上げていた読者ランキング(be Ranking !!)のテーマは「息抜きに何をしますか」(回答者2548人。複数回答あり)

 第1位は「コーヒーやお茶を飲む」(1870票)、第2位は「テレビを見る」(1356票)、第3位は「散歩する」(1037票)、第4位は「本や雑誌、漫画を読む」(1003票)、第5位は「睡眠をとる、昼寝する」(936票)だった。

 筆者にとって土曜日に職場近くのお気に入りのスターバックスで本を読むのが至福のひと時であり、何よりの息抜きである。これだけで第1位と第4位の息抜きを行っていることになる。いやいや、それだけではない。スマホに保存しているお気に入りの楽曲をイヤホンで聴きながら、本を読んでいる。読書に飽きたらスマホでネットを見るし、目が疲れたら、ぼけーっとして、知らぬ間に寝ていることもある。お腹が空いたら、コーヒーをおかわりしてクッキーなどのデザートをつまむこともある。つまり、スターバックスで本を読むことで、第7位の「音楽を聴く」(858票)、第18位の「ネットサーフィンする」(404票)、第14位の「何もしないでぼけーっとする」(492票)、第5位の「睡眠をとる、昼寝する」(936票)、第9位の「おやつをつまむ」(820票)など8つの息抜きを無意識に実践しているのだ。

 読者ランキングには、この他にも、第8位の「クイズやパズルを解く」(850票)、第10位の「お酒、アルコールを飲む」(730票)、第12位の「適度な運動をする」(624票)、第13位の「入浴する」(577票)など、なるほどと思う息抜き方法があがっていた。番外編として面白かったのは、「夫は息抜きにとドライブに誘ってくれる。定年後、毎日お家にいるあなたが一人でお出かけしてくれる方が私の息抜きになるのよ!」という東京都在住の女性(68歳)の答え。思わず頬が緩む。

 この年齢の女性にとって、夫の存在はストレスであり、中には夫源病(夫の言動が原因でストレスが溜まり、妻の心身に不調をきたすこと)を患う主婦もいる。筆者の妻も、夕食後、筆者に早く自分の部屋へ引き上げてほしいようなことを言う。筆者がいつまでもグスグスと食卓に居続けると、好きなテレビも楽しめないらしい。

 しかし、それは夫にとっても同じこと。コーヒーを飲みながら本を読むことは家にいてもできる。しかし、家にいると、四六時中、妻のから小言を聞かされてストレスが溜まる。だから、筆者は、仕事が忙しいと言い訳して、週末にも係わらず。わざわざ電車に乗って職場近くのお気に入りのスターバックスへ行くのだ。