2023.5.7 スパイとしても一流だった坂本龍馬

 先日、NHKの「歴史探偵」という番組で坂本龍馬が取り上げられていた。坂本龍馬と言えば、薩長同盟や大政奉還で知られる幕末のヒーロー。しかし番組は、そんな龍馬像とは異なる、意外な彼の姿を紹介していた。

 まずは薩長同盟。定説では犬猿の仲だった薩摩藩と長州藩を龍馬が仲立ちし、彼の立会いの下、薩長同盟が成立したとされている。しかし、実際は龍馬が京都入りする二日前の慶応2年(1866年)1月18日に京都の薩摩屋敷で、薩摩藩家老の小松帯刀らと長州藩を代表する木戸孝允(桂小五郎)との間で締結されていた。では、龍馬は薩長同盟に係わっていなかったのか? 必ずしもそうではない。寺田屋事変で彼が幕府の捕り方に襲撃されたとき、わざと薩長同盟の密約書を落として、幕府の手に入るように仕向けている。これにより、同盟を交わしたものの、倒幕に逡巡していた薩摩藩に腹を括らせたのだという。

 次は「いろは丸事件」。慶応3(1867)年4月、瀬戸内海の箱ノ岬沖で、海援隊が運航するいろは丸と紀州藩の明光丸が衝突事故を起こした。原因はいろは丸側にあったのだが、龍馬は自分たちのミスを隠して、当時の日本ではあまり知られていなかった「万国公法」(国際ルール)を持ちだして巧みに交渉を進めた。そればかりか、長崎の繁華街で「船を沈めた紀州藩は償いをせよ」という歌まで流行らせて、世論を紀州藩に非があるように仕向け、同藩から巨額の賠償金をせしめている。

 そして、大政奉還。慶応3年(1867年)10月、土佐藩主・山内容堂が「大政奉還」の建白書を幕府に提出した。しかし、自分を藩主にまで押し上げてくれた幕府に恩義を感じていた容堂は、建白書提出に際して、なかなか腰を上げなかった。そこで、龍馬は土佐藩にミニエー銃1,000丁を送り届ける。幕府に無届で大量のライフル銃を所持することは、倒幕の意志ありと幕府から見なされたので、退路を断たれた容堂は、ついに大政奉還の建白を行い、それを受けて幕府は政権を朝廷に返上、二百余年続いた徳川政権は終焉したのである。

 このような龍馬の実像を知ると、我々がイメージする豪放磊落な野生児の龍馬と随分、異なるので戸惑う。坂本龍馬は策士だった。否、策士というより藩の意見を巧みに誘導し、また世論を焚きつけるなど、スパイ組織さながらの謀略工作を行っていたのだ。

 しかし、そうだからと言って、龍馬のイメージが地に落ちたわけではない。番組のエンデインで歴史学者の河合 敦氏が言っていたように、一介の浪人が勝海舟、西郷隆盛、桂小五郎といった蒼々たる人物たちの知古を得て動くことができたというのは、やはり坂本龍馬が傑物だったことに他ならない。龍馬と相対すると、誰もが胸襟を開いて、彼のファンになる。正に人とたらしの坂本龍馬。スパイとしても一流だったといえよう。

2023.4.16 八重洲ブックセンター

 八重洲ブックセンターが2023年3月31日をもって営業を終了した。所在する地区の再開発計画に伴い、一旦、営業を終了し、再開発事業で建設される超高層大規模複合ビル(2028年度竣工予定)で新たに出店する計画だという。

 同ブックセンターは、鹿島建設社長・鹿島守之助の「どんな本でもすぐ手に入るような書店が欲しい」との遺志を受け継ぎ(Wikipediaより)、八重洲にあった同社旧本社跡地に、売り場面積約2,470平方メートル、在庫数120万冊という日本最大の書店として、1978年9月18日に開業した。1978年といえば、筆者が高校三年生の頃である。確か物理の授業で実験をしていた時(それゆえ、授業中でも雑談ができた)、本好きなクラスメートが東京に八重洲ブックセンターという日本最大の書店が出来たと話していたのを今でもよく覚えている。

 東京駅の表玄関という土地柄、都内に勤めるビジネスマンだけでなく、出張帰りのビジネスマンや観光客の多くが利用していた書店である。筆者も東京へ出張したおり、帰りの新幹線に乗るまで時間に余裕があるときは、八重洲ブックセンターでよく時間を潰したものだ。そればかりか、筆者は1998年から2001年までの3年間、都内の科学技術系機関へ出向していたので、その間は一月に一回のペースで行っていた。

 その頃、筆者は絵を描く趣味に目覚め、休日には、単身赴任のワンルームアパートの部屋で写真を見ながら城の絵を描いていた。絵を描くようになると、絵画技法や画集に興味を持つようになり、当時、ブックセンターの7階か8階にあった美術書コーナーをよく覗いたものだ。

 2028年に竣工される大規模複合ビル内で再開する計画があるらしいが、筆者にとっての八重洲ブックセンターは、出張帰りの新幹線待ちで立ち寄った、あるいは東京での単身赴任中に通った、コーナーガラスが丸みを帯びた、中2階にコーヒーショップがあった、あの八重洲ブックセンターである。44年の歴史に幕を閉じて、それがなくなった今、梅田にあった旭屋書店が閉店したときと同じように、一抹の淋しさを覚える。

2023.3.26 お気に入りの梅田の書店

 大阪・梅田にある代表的な書店と言えば、阪急三番街にある紀伊国屋書店であろう。同店の右側入口横にある大型スクリーン(BIGMAN)は、昔も今も待ち合わせのランドマークである。

 紀伊国屋書店とライバル関係にあったのが、御堂筋東側の曾根崎にあった旭屋書店・本店。紀伊国屋書店がワンフロア―で平面に広かったのに対して、旭屋書店はビルの7フロアで構成された縦型の書店だった。フロア毎に性格付がされ、軍事や鉄道関係に強みがあり、7階には〝マッハ〟という鉄道模型店も入っていた旭屋書店の方が筆者には好みだった。しかし、ビルの老朽に伴い、筆者の知らない2011年12月31日に同店は閉店してしまった。筆者の学生時代から長い期間、紀伊国屋書店と旭屋書店は梅田にある大型書店の二枚看板だっただけに、片方が舞台から退場してしまうと一抹の淋しさを感じる。

 旭屋書店に代わって、今日、紀伊国屋書店とライバル関係にある梅田の大型書店と言えば、ジュンク堂書店であろう。筆者の勤め先が四ツ橋筋沿いにあることも関係してか、社会人になってからは、紀伊国屋書店や旭屋書店よりも、堂島アバンザにあるジュンク堂書店・大阪本店へ足しげく通うようになった。同店はアバンザビルに入居する2フロア(2階と3階)で構成された書店で、蔵書数は紀伊国屋書店の方がやや多い(紀伊国屋書店の蔵書数は約100万冊。ジュンク堂書店・大阪本店の蔵書数は約80万冊)のだが、棚の分類や配列が効いているのか、筆者には感覚的には紀伊国屋書店よりも多く感じ、また、書籍も探しやすい。

 もっとも、梅田で最大の蔵書数を持つ書店は、茶屋町にあるMARUZEN&ジュンク堂書店・梅田店である。同店は建築家の安藤忠雄が設計した「チャスカ茶屋町」ビルの地下1階から地上7階までを占める、売り場面積2060坪、蔵書数200万冊を誇る国内最大級のメガ書店だ。(ちなみに、紀伊国屋書店の売り場面積は900坪。ジュンク堂書店・大阪本店の売り場面積は1200坪)しかし、こうも広いと、「何か面白そうな本はないかと」と漠とした動機で行くと、却って使い勝手が悪い。この書店は、求めている書籍が他のどの書店にも置いていない場合の、最後の砦として訪れることにしている。蔵書数が200万冊もあれば、絶版や品切れでない限り、大概の書籍は置いている。

 そして、もう一つ忘れてならないのが、ルクア イーレ 9階にある梅田蔦屋書店(売り場面積は900坪、蔵書数は約100万冊)。この書店の面白いところは書棚が回廊式になっていることで、円の中心部にカフェが据え付けられている。また、書籍の並べ方もユニーク。一般の書店の場合、文庫本や新書は同じ出版社単位で並べられているが、蔦屋書店(梅田店に限らず)の場合、テーマ又は分野単位で並べられている。たとえば、新潮文庫版の『華麗なるギャツビー』(フィッツジェラルド著)の横に他社文庫の同じ作品が並んでいるだけでなく、フィッツジェラルドではない別のアメリカ人作家による同じ時代背景を描いた単行本(文庫本ではなく)も並んでいる。書棚の見た目は不揃いであるが、これによって予期していない本に出合う可能性があるのだ。

 以上、筆者のお気に入りの梅田の書店について述べたが、筆者の中では次のような棲み分けになる。

 じっくり時間をかけて本を探す場合はジュンク堂書店・大阪本店。予期していない面白本に出合いたい場合は梅田蔦屋書店。探している本がどこにもなく、最後の砦として訪れるのがMARUZEN&ジュンク堂書店・梅田店となる。

 さて、今週末の土曜日、どの書店へ足を運ぼうか。

2023.3.12 薩摩飛脚について

 江戸時代、幕府は全国の諸藩へ隠密を潜入させ、藩内の動向を探っていたが、薩摩藩へ潜入させることだけは困難を極めた。

 薩摩藩へ通じる陸路や海路の要所・要所は、蟻一匹も通さない厳重な監視体制が敷かれ、間道や山道を通って入国しようとする者は地元の郷士に密殺された。仮に運よく潜入できたとしても、まるで外国語のような薩摩弁を他国の者が怪しまれずに喋ることは至難の業であったし、公儀隠密であること分かれば直ちに殺された。

 薩摩へ向かった隠密の誰一人として生きて戻ってきた者はいなかったことから、〝薩摩飛脚〟という言葉は、黄泉の国への片道切符という意味で使われていたという。

 薩摩飛脚を描いた小説として、大佛次郎の『薩摩飛脚』(1955年)と南原幹雄の『灼熱の要塞』(1992年)がある。『灼熱の要塞』は、主人公たちが薩摩藩の軍事力の中枢施設の爆破を目指す、映画「ナバロンの要塞」を彷彿させるような、見どころたっぷりのエンターテイメント小説だ。薩摩弁をマスターするため、薩摩江戸藩邸の奉公人を拉致して、彼から薩摩弁を教わるなどスパイ小説としての面白さもある。しかし、その面白さは007的である。同じスパイ小説でも、イアン・フレミングよりも、ジョン・ル・カレやグレアム・グリーンの作品を好む筆者は、ル・カレやグリーンが描くような内容で、薩摩飛脚を読んでみたい。

 他国の者を薩摩人になりすませて同藩へ潜入させるのが難しければ、薩摩人をスパイとしてスカウトしてはどうか。スパイの世界では、相手国の人物をこちららへ寝返らせて、敵国の情報を探ることは、ままあることだ。

 薩摩藩といえども、一つのサラリーマン社会。組織に不満や恨み辛みを持つ者は必ずいるはずだ。そうした人物を薩摩江戸藩邸の中で見つけ、金銭や色仕掛け、あるいは弱みを握って、こちらへ協力させる。そして、彼が薩摩藩へ戻ってから、幕府の求める情報を探るが、スパイであることがばれないか、ばれた彼は無事に薩摩を脱出することができるのか……等々を抑制の利いた落ち着いた筆致で描いたものを読んでみたい。

 筆者に小説を書く才能かあり、もう少し若ければ(現在、筆者は62歳)、こうした作品を書くことに挑戦したかもしれないが、残念ながら、筆者にはその才能も時間もない。誰か代わりに描いてくれないものだろうか。

2023.2.26 まるでスパイ映画のような米大統領のウクライナ訪問

 2月20日、バイデン米大統領がウクライナを電撃訪問し、ゼレンスキー大統領と会談した。この意表を突いた訪問は、ごく一部の関係者以外は誰も知らない極秘事項であった。それもそうだろう。もし、このことが事前に表沙汰になっていれば、訪問を阻止する様々な動きが生じたであろう。

 2月21日付の読売新聞オンラインによれば、訪問は次のような行路で行われた。19日午前4時15分に、ワシントン郊外のアンドルーズ空軍基地を要人輸送機で出発。現地時間19日夕にドイツのラムシュタイン米空軍基地で給油した後、午後8時頃にポーランドのジェシュフの空港に到着。高速道路を車で約1時間走り、ウクライナ国境に近いポーランド南部プシェミシル駅に移動した後、9時37分に8両編成の寝台列車で同駅を出発し、約10時間後の20日午前8時頃にキーウに到着した。

 アメリカの現職大統領が長時間、鉄道を利用するなど極めて異例なことである。通常、警備の観点から、外国を訪問する際も、専用の航空機、ヘリ、車両が使われるのだが、今回は鉄道を利用した方が、人目に付かないため、却って安全だと判断したのであろう。

 随行者はごく少人数の側近、医療チーム、警護官だけ。同行が許された二人のジャーナリストは訪問終了まで報道をしないことを誓約させられ、携帯電話も取り上げられた。また、二人へ送信された出発に関する電子メールでは、情報漏出を警戒して「ゴルフ大会の案内」という偽のタイトルが付けられたという。まるでスパイ映画のような徹底した隠密裏のキーウ行であった。

 米大統領の今回のウクライナ訪問の目的は、アメリカがウクライナ支援していく決意を国内外に広く示したものであるが、それに反発するかのように、ロシアのプーチン大統領は21日に行った年次教書演説で「戦争を始めたのは彼らだ。我々はそれを止めるために武力を行使し、今後もこれを行使する」(2月22日付 SPUTNIC日本)と述べている。

 ロシアがウクライナに侵攻して、2月24日でちょうど一年。しかし、プーチンの演説から読み取れるように、ロシアにはウクライナへの攻撃を諦める気は毛頭ないようだ。専門家によれば、ドイツが世界最強の戦車、レオパルト2をウクライナに供与しても、戦争が長引けば、国力の差からウクライナが不利になるという。一刻出も早く戦争が終焉することを願うのみである。

2023.2.12 図書館が新刊本を貸し出す本当の理由

 1月29日付の筆者ブログ「高くなった文庫本の値段」の中で少し触れた図書館での新刊本の貸し出しについて、もう少し述べたい。

 出版不況の中、図書館で新刊本を貸し出すことについて、出版社や書店組合が批判している。

 これに対して、図書館側は「図書館の貸し出しが本の販売に影響する客観的な証拠はない」と反論し、また、日本図書館協会理事長の森茜氏は「地域の図書館の役割は、地域住民の読みたい本を提供すること」、「公共図書館には本の見本市のような役割があり、優れた本を市民が学ぶ場でもある」とも述べている。(2016年1月24日 産経新聞)

 しかし、この理屈では、一つの図書館で新刊本を20冊も30冊も揃えることについて説明がつかない。図書館が新刊本を貸し出す本当の理由は、別のところにあると筆者は考えている。

 小泉内閣のときに行政改革や規制緩和が大きく推し進められ、公共の図書館もそれまで以上にサービスの向上や費用対効果が求められるようになった。しかし、そうした成果を客観的に評価するのは難しく、〝入館者数〟や〝貸し出し件数〟という、「目に見える数字」でしか評価せざるを得ない。(筆者も一時期、科学館で勤務したことがあるが、「科学に興味を持つようになった」、「科学技術に対して理解か深まった」という科学館の本来の役割ではなく、入館者数でしか評価されないことに対して、如何ともしがたい思いをした。)

 特に指定管理者制度の導入により、民間事業者が図書館の運営を行っているところでは、〝数字〟が次の契約を左右する。こうした公共施設には馴染まない数字至上主義が、- 新刊の人気作品は数字に直結するので -図書館で新刊本を貸し出す真の理由でないだろうか。そして、貸し待ちの期間を少なくすることが、サービス向上だと捉え、同じ作品の新刊本を何冊も揃えようとするのだ。

 書店は商売なので、売れる本を置くことは理解できる。しかし、公共図書館は儲けることが目的ではない。人気作家の新刊本ではなく、売れないが価値ある本を置いてこそ、図書館の存在意義がある。

 確かに一頃に比べて新刊本の値段が高くなった。お年寄りの年金では財布の紐が固くなる。しかし、仮に新刊本の値段が安価であっても、図書館へ行けば無料で読めるのであれば、図書館を利用するのが人間の心理であろう。

 発行から一年間は新刊本を図書館には置かないという猶予期間を出版社側が図書館に求めているが、そうした要請に応えている図書館は少ない。要請ではなく、むしろ強制力のある法制化を望みたいというのが筆者の正直な気持ちである。

2023.1.29 文庫本の値段が高くなった

 近頃、文庫本の値段が随分と高くなった。出版科学研究所の調査によれば、文庫本の平均価格は2001年が587円だったが、2021年は805円(税込み)で、25%も上がっている。1,000円を超える文庫本も珍しくない。値段が上がった背景には、本の売り上げ減少や紙代の高騰などがあるらしいが、ウクライナ情勢が長引けば、さらに値段は上がるだろう。(ハードカバーの単行本も事情は同じであるが、文庫本はかつてワンコインで買えただけに、よりその印象が強い)

 価格の上昇と併せて、ページ数も増えている。文庫本の平均ページ数は200~300ページだが、中には600ページを超える、ズシリと重い文庫本もある。

 「万人の必読すべき真に古典的価値ある書をきわめて簡易なる形式において逐次刊行し、(中略)携帯に便にして価格の低きを最主とする」(岩波茂雄「読書子に寄す―岩波文庫発刊に際して」)、「古今東西の不朽の典籍を、良心的編集のもとに、廉価に、そして書架にふさわしい美本として、多くのひとびとに提供しようとする。」(角川源義「角川文庫発刊に際して」)という先達の文章に示されているように、手軽に持ち運びができ、かつ廉価であることが文庫本の本来の存在意義であったはずだ。……1,000円を超え、箱のような厚みのある文庫本は、もはや文庫本とはいえないのではないか。

 文庫本の値段が高くなったため、図書館で文庫本を借りる人がさらに増えるだろう。図書館で新刊の文庫本を貸し出すことに対して、出版社や書店が売り上げを圧迫しているとして反対している。例えば、2017年10月に開催された全国図書館大会 東京大会で、文芸春秋の松井社長は「版元の疲弊に歯止めをかけるのは文庫が生む利益」、「(読者に)せめて文庫くらいは自分で買おうという習慣ができるのが重要」と訴えている。(2017年10月13日付 産経新聞)

 しかし、せめて文庫本くらいは自分で買おうと思っても、1,000円を超えるようでは躊躇してしまう。出版社自身も値段を抑える努力が必要であろう。2022年2月6日付の筆者ブログで述べているように、昨今の文庫本のカバーは不必要に華美になっている。そうしたカバーデザインのコストも価格に反映されているのであれば、そんなカバーはいらない。

 千円札一枚あれば、書店で文庫本を買って、喫茶店でコーヒーを飲みながらそれが読める、というような値段であってほしいものだ。しかし、それは、もはや叶えられぬ夢なのだろう。

2023.1.8 紅白歌合戦に物申す

 昨年末の紅白歌合戦の平均視聴率は35.3%。過去最低だった前年の34.3%から1ポイント数字を上げたものの、歴代ワースト2位という結果だった。

 かつて国民番組だった紅白歌合戦。しかし、年々視聴者離れを起こしている。番組制作陣は何とかそれに歯止めをかけようと色々と工夫をこらしているのだが、筆者には迷走しているようにしか思えない。

 出場者の顔ぶれを見ても、半分以上がカタカナ名のグループ。昭和生まれのおじさん世代には馴染みがない歌い手ばかりだ。最も紅白離れしているといわれる若者世代を惹き込もうとしたものであろうが、今の若者はテレビよりYouTubeやSNSなどを観ているので、残念ながら制作陣の思惑通りには至っていない。逆に若者の歓心を買おうとしたあまり、テレビを一番よく見ている高齢者層からもそっぽを向けられるしまつ。さらに、「なんで私が?」と本人も驚いたように、ここ最近、全く活躍していなかった歌手を起用するなど、番組制作陣の意図とは逆に益々泥沼に入っているようだ。そのため、「もはや自分たちの舞台でない」と感じたのか、ある大物演歌歌手は2013年大晦日の第64回歌合戦を最後に自ら出場を辞退(卒業)してしまった。

 筆者が小学生だった1970年代の紅白歌合戦は、お茶の間のテレビの前で家族揃って観る大晦日の国民行事(視聴率も70%を超える驚異的なものだった)だった。出場者もその年に活躍した歌い手が中心だったし、歌い手にとっても紅白に出場することが何よりのステータスであり、歌手人生の到達点だった。

 当時はインターネットなどなく、テレビかラジオでしか歌番組を楽しめなかった。しかもテレビは一家に一台。家族それぞれが自分の部屋で好きな物を観ることはなかった。翻って現代はインターネットが発達し、家族それぞれが自分の好きな場所で自分の好きなコンテンツを楽しめる時代である。

 当時と社会環境が異なってしまったので、かつての華やかなりし頃の紅白歌合戦を復活させることは、もはや不可能である。ならば、従来のイメージを捨て去り、多様化した時代に合わせた、新しい形の紅白を目指すべきだ。(今の制作陣もそう考えていると思うが、筆者からみると、まだ完全に割り切れていないように思える)

 歴代ワースト2位だった今回の紅白歌合戦であるが、それでも桑田佳祐、佐野元春、世良公則、Char、野口五郎ら〝同級生バンド〟による「時代遅れのRock’n’Roll Band」は、筆者の心を熱くとらえた。このように部分・部分では、各世代に受け入れられるものがあるので、それぞれの世代に合うメニューを用意すればよい。

 現在は一部と二部の二つだけだが、子ども、若者、おじさん、おばさん、老人など細かくパートに分け、各世代で支持の高い(しかも、その年に活躍した)歌い手に出場して貰う。そして、最後に出場者全員で男女問わず全ての世代から支持されているような歌(例えば、美空ひばりの「川の流れのように」や一青窈の「ハナミズキ」など?)をコーラスするのは如何なものであろうか。

 これが筆者の見た紅白歌合戦の初夢である。

2022.12.25 ホームページを開設して一年

 昨年の12月19日に『スパイ小説の世界』を開設から、ちょうど1年。開設当初はYahoo!やGoogleの検索ボックスに関連しそうなキーワードを入力しても、弊サイトがヒットされることは殆どなかった。しかし、一年経った現在、「スパイ小説」、「スパイ小説の定義」などのキーワードを入力すると、弊サイトがヒットされるので、やはり素直に嬉しい。

 「Googleサーチコンソール」や「Amazonアソシエイト」などの検索分析ツールを使うと、サイトの中でどのコンテンツがよく見られているのかが分かる。

 前者ツールで示された、過去12か月における弊サイトの表示回数は3,910件、クリック数は271件。公表するのも恥ずかしい少なさである。しかし、見方を変えれば、少なくとも50人くらいの人(サイトを訪れた人は、普通、サイトの中で複数のコンテンツをクリックするので、271回のクリックが271人を意味するものではない)は見てくれているわけだから、ありがたいことである。

 ちなみに、クリックの件数が最も多かった(と言っても、たった8件だが)のは、6月12日にアップした「本棚を見れば、人が分かる」という管理人のブログ。筆者と同じことを感じている人が8人もいたということだ。(ブログの場合は、1クロック=1人と考えてもよかろう)

 書評では『おばちゃまは飛び入りスパイ』、『パーフェクト・スパイ』、『スクールボーイ閣下』がそれぞれ1件クリックされている。また、「Amazonアソシエイト」の売上レポートから『ヴェニスへの密使』、『密使』、『秘密諜報員~アルフォンスを捜せ』が弊サイトを見てAmazonへ注文されていることが分かる。『ヴェニスへの密使』や『秘密諜報員~アルフォンスを捜せ』は、他のサイトで紹介されていないので、弊サイトを見てこの作品のことを知り(検索ボックスに直接、タイトルを打ち込めば、古書販売のサイトでヒットされるが、それは既にその作品のことを知っていることを意味する)、購入したものと思われる。そういう意味においても弊サイトが役立っているようで嬉しい。

 今後の弊サイトに関して、やはりヒット数が伸びてほしい。一般にホームページの閲覧回数を伸ばすには、ホームページ自体のSEO対策(サイトが上位に表示されるよう、サイトの構成や記述などを調整すること)だけでなく、SNSも有効な手段だとされている。しかし、SNS にまで手を出す余力はない。当面は現状とおりの運用になるが、少ないながらも弊サイトへの訪問者がいることは確かなので、そのことを励みに、少しでもよいコンテンツにしていきたい。

2022.12.4 古本の入手方法

 古本を求める場合、現代はインターネットで簡単に入手することができる。インターネットの検索窓に作品のタイトルと著者名を打ち込めば、たちどころに、Amazonをはじめ、古本を扱うサイトで目当ての本がヒットされる。

 筆者が学生時代だった1980年代前半はインターネットなどなく、古本屋の店頭で探さねばならなかった。しかし、これが容易なことではない。

 大型の新古書チェーン店である「BOOKOFF」は別として、たいがいの古本屋の店内は大変狭い。書棚と書棚の間隔は、辛うじて人がすれ違える程度。先客かいると、そのあたりの書棚を見ることは難しい。筆者が見る棚は、主に外国作家の文庫本が並ぶ一角だが、基本的に置いている作品数が少ない。逆にある程度、揃えている場合は、スペースが手狭なため、正面の書棚だけでなく、平台に置かれた木箱(あるいはコンテナボックスなど)の中にも、背表紙を上にして並べられているが、それでも収まりきらない本が、その上に無造作に積み重ねられている。そうなると、それら平積み本のかたまりを一冊一冊チェックし、それが終わるごとに移動させて、その下に隠れている背表紙のタイトルを確認していくことになる。そして、そうした苦労(決して、苦痛ではないのだが)をしながら探しても、目当ての本がみつかる確率は(メジャーな作品は別として)極めて低い。一体に古本屋で目当ての本に巡りあうのは、僥倖に等しいといってもよかろう。

 その点、インターネットであれば、目当ての本をピンポイントで探し求めることができる。しかしながら、それ以外の本は目に入らない。

 一方、古本屋の書棚で探す場合、目当ての本を探す過程で、否応なしに他の本も目に入るので、予期していない面白い本と出会う可能性がある。この〝予期せぬ偶然の出会い〟というのが、古本屋で探すことの最大の魅力、効能であろう。

 このホームページで紹介しているR・ライト・キャンベルの『すわって待っていたスパイ』などは、まさにその好例。この作品は、ある古本まつりの会場で、何列も並ぶ書棚を一列ずつ端から端まで、ローラー作戦のようにして、そこに並ぶ背表紙を目で追っていたときに、タイトルに惹かれて、手に取ったものである。それまで、この作品(当然、作者も)が存在することすら知らなかった。

 そういうわけで、筆者はピンポントで本を求める場合はインターネットで、一方、まだ見知らぬ、第二・第三の『すわって待っていたスパイ』のような、隠れた名作との出会いを求める場合は、古本まつりへ足を運んでいる。