近頃、文庫本の値段が随分と高くなった。出版科学研究所の調査によれば、文庫本の平均価格は2001年が587円だったが、2021年は805円(税込み)で、25%も上がっている。1,000円を超える文庫本も珍しくない。値段が上がった背景には、本の売り上げ減少や紙代の高騰などがあるらしいが、ウクライナ情勢が長引けば、さらに値段は上がるだろう。(ハードカバーの単行本も事情は同じであるが、文庫本はかつてワンコインで買えただけに、よりその印象が強い)
価格の上昇と併せて、ページ数も増えている。文庫本の平均ページ数は200~300ページだが、中には600ページを超える、ズシリと重い文庫本もある。
「万人の必読すべき真に古典的価値ある書をきわめて簡易なる形式において逐次刊行し、(中略)携帯に便にして価格の低きを最主とする」(岩波茂雄「読書子に寄す―岩波文庫発刊に際して」)、「古今東西の不朽の典籍を、良心的編集のもとに、廉価に、そして書架にふさわしい美本として、多くのひとびとに提供しようとする。」(角川源義「角川文庫発刊に際して」)という先達の文章に示されているように、手軽に持ち運びができ、かつ廉価であることが文庫本の本来の存在意義であったはずだ。……1,000円を超え、箱のような厚みのある文庫本は、もはや文庫本とはいえないのではないか。
文庫本の値段が高くなったため、図書館で文庫本を借りる人がさらに増えるだろう。図書館で新刊の文庫本を貸し出すことに対して、出版社や書店が売り上げを圧迫しているとして反対している。例えば、2017年10月に開催された全国図書館大会 東京大会で、文芸春秋の松井社長は「版元の疲弊に歯止めをかけるのは文庫が生む利益」、「(読者に)せめて文庫くらいは自分で買おうという習慣ができるのが重要」と訴えている。(2017年10月13日付 産経新聞)
しかし、せめて文庫本くらいは自分で買おうと思っても、1,000円を超えるようでは躊躇してしまう。出版社自身も値段を抑える努力が必要であろう。2022年2月6日付の筆者ブログで述べているように、昨今の文庫本のカバーは不必要に華美になっている。そうしたカバーデザインのコストも価格に反映されているのであれば、そんなカバーはいらない。
千円札一枚あれば、書店で文庫本を買って、喫茶店でコーヒーを飲みながらそれが読める、というような値段であってほしいものだ。しかし、それは、もはや叶えられぬ夢なのだろう。