2026.2.8 松本清張を読む

 正月明けから松本清張に関する本を立て続けに読んだ。

 『松本清張の昭和』(酒井信/講談社現代新書)は、極貧の幼少期から国民作家へと至った松本清張の全生涯を記した〝初の本格評伝〟とも呼ぶべき一冊。彼の長い下積み生活がいかにして数々の作品へ結実したかを読み解くことができる。

 『松本清張の深層心理 隠された潜在メッセージ』(藤脇邦夫/幻冬舎)は、原作小説と映像化作品の比較によって、原作小説だけでは読み取れなかった松本清張の知られざる創作心理の深部を掘り起こす一冊。特に『霧の旗』にページが割かれているが、この作品が仏映画の『眼には眼を』から着想を得ていたという分析は興味深い。

 ところで、こうした作品批評に関する本を読む場合、対象になっている作品を読んでいないとお話にならないので、『松本清張の深層心理』を読む前に、未読だった『霧の旗』と『疑惑』を読んだ。『霧の旗』は女性ヒロインものというイメージがあって読んでいなかったのだが、今回、初めて読んでみて、その面白に堪能した。食わず嫌いは損をするとは正にこのことだ。

 『松本清張と水上勉』(藤井淑禎/筑摩選書)は、ともに社会派ミステリー作家として出発したという共通部分がある松本清張と水上勉のその後の二人の人生と、それが作品にどのように結実したかを記した一冊。私は、水上勉の作品は『飢餓海峡』(この作品も面白かった)しか本でいないので、主に清張について書かれたページを拾って読んだ。中でも面白かったのは、川端康成の『伊豆の踊子』と清張の『天城越え』の比較。前者の主人公は旧制一高の学生という高等遊民。後者の主人公は小学校卒で印刷屋の丁稚奉公をしている少年。高等遊民のうじうじした内省的な物語よりも、登場人物に娼婦が出てきて殺人事件も起こる後者の方に、断然、惹かれる。

 松本清張の最大の功績は、ミステリーをトリック偏重の非現実的な〝見世物小屋〟(清張の言葉)から、現実の社会構造や人間の業(動機)を深く描くことで〝大人の鑑賞〟に堪える文芸作品に仕立てたことである。だからこそ、多くの人が清張作品に惹かれるのであろう。この先も松本清張の作品は読まれ続けるのだろうか?

 清張の多くの作品に描かれている世界は、1950年代後半から1960年代にかけての高度経済成長期にあった昭和の日本社会である。インターネットやSNSなどはなかった。しかし、人間の持つ嫉妬、欲望、怨恨などのドロドロした感情は当時も今も変わらない。それゆえ、この先も清張作品は多くの人に読まれ続けていくに違いない。